夕方くらいに、三宮に足を運ぶ。意味があったのかなかったのか分からない用事を済ませ、一度帰って、また、別の用事。この用事は原付で行ったんやけど、帰り道、雨に降られる。合羽を持ってたから良かったけど、手袋は濡れるからしなかった。かじかむ寸前でした。少しして止んだから良かったけど。冬に、原付乗って雨に降られるのは特に嫌。
三宮の観光名所って、よく知らない。電車で30分程で行けるし、同じ兵庫県、しかも県庁所在地やのにね。歴史的な場所とか行ってみたい気もするな。神戸辺りの歴史で、個人的にパッと思いつくのが平清盛が整備したと言われる大輪田泊。福原京かな~。今でこそ福原は、密かに風俗街として有名になってしまってるけども。福原京は、多分歴史でも出てくるはず。源氏との関係上、すぐに京都に還御することになるけど。この、平清盛。悪人みたいなイメージが強いかもしれないけど、武士として初めて太政大臣にまでのし上がってるし、安徳天皇(壇ノ浦の戦いで幼くして死んでしまった天皇ね)の外祖父になり、武士が政権を執るという基盤を作った人でもある。日宋貿易を発展させようとしたし。先見の目があった。ただ、貴族的な振る舞いして、強引と言うか、独裁的なことをしがちで(清盛の人柄は温厚やったみたいやけど)、貴族、源氏から反発をくらい、そんな中、マラリア(髄膜炎という説もあるみたい)で死亡、その後の平家は没落の一途を辿ってしまう。ちなみに、よく「平家にあらずんば人にあらず」という言葉が出てくるけど、この言葉は清盛が言ったのではなく、平時忠が言った言葉。清盛の義理の弟(清盛の妻時子の弟)やね。ちなみに、時忠の妹に滋子というのがいるけど、後白河上皇の妻となる。平家と朝廷の調整役みたいな感じやったけど、若くして死んでしまう。結果的に、この滋子の死が、平家滅亡のきっかけとなるんやけどね。ちなみに、天皇が譲位したら上皇、上皇が出家したら法皇と呼ばれる。今はそんなことはないけれど。
日本史は好きやから、史跡巡りもしたいんやけどね~。