JR新快速の旅(その1)からの続き
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サンダーバードについて
テッちゃん は、おもむろに「大阪駅と京都駅を結んでいる路線はJRの在来線しかないんやで」と言った。阪急や京阪があるはずなので、これは意外であった。京都駅には阪急や京阪の駅はないらしい。阪急は大阪駅と京都河原町を結んでおり、京阪は大阪淀屋橋から京都出町柳を結んでいる。近鉄は大阪難波と京都駅を結んでいるが、奈良の大和西大寺の方に大きく迂回するので、大阪と京都を直通する訳ではない。新幹線は大阪駅ではなく新大阪駅と京都駅を結ぶ。したがって、大阪駅と京都駅を直通するのはJR在来線のみで、大阪と京都を最速で結んで低料金の電車はJR新快速京都線となるというのがテッちゃんの説明であった。「サンダーバード」や「特急ひだ」などの特急電車も大阪駅と京都駅を結ぶが、普通料金の他に特急料金がかかるのである。
JR新快速は、神戸線から京都線に移って、大阪駅や新大阪駅では巨大な高層ビル群や新幹線車両基地が見えて大都市の雰囲気があったが、新大阪から高槻の間では、車窓に普通の都市風景を見せるようになった。電車は淀川を渡り、京阪・阪急線との並走する光景も見られた。高槻を過ぎると、市街地からしだいに住宅地へと移るようになってきた。車窓には都市の近代的な風景と、高槻・山崎周辺の住宅地や淀川の豊かな自然が交差してくるようになった。天王山の鮮やかな新緑の景色に目を奪われていると、山崎駅を通過したあたりでテッちゃんが、「一度サンダーバードにも乗ってみるといい」と言ってきた。
もとよりサンダーバードはいつか乗りたいと思っていた。四国への帰り道ではサンダーバードを利用しようかと考えたが、旅費を抑えたかったので行きと同じルートにしてしまった。こういうところは、これからの鉄旅では考え直さなくてはいけない。
テッちゃんによると、サンダーバードの前身は、1964年の481系誕生とともに運行を開始した大阪駅から金沢・富山駅間の特急「雷鳥」だという。雷鳥は富山県の県鳥であり、立山連峰に生息する天然記念物でもあるので、特急にこの名が付けられた。
「雷鳥」は快適な乗り心地が好評で、 ダイヤ改正ごとに列車が増発されるなど、たちまち人気列車になったようだ。丸みのある出っ張りが特徴の485系ボンネット型車両が特徴である。1975年からは前年に開業した湖西線を経由するようになり、所要時間が短縮し、往時には1日20往復もの体制で走り続けたと言う。中学生の時から鉄道に興味を持っていたテッちゃんもよく乗ったようである。
485系「雷鳥」
1995年に現行車両の一つである681系が登場すると、当初は「スーパー雷鳥(サンダーバード)」として運転され、その後、1997年に列車名を「サンダーバード」に統一することになった。私は、かつてTVで、国際救助隊という設定で大ヒットした人形劇「サンダーバード」のイメージが頭にあって、大人になってもこの電車の名前には興味があった。
681系はJR西日本で初めての特急車両として開発され、130km/h運転に対応し、北陸本線のスピードアップに大きく貢献した。その後2001年には、681系の増備・リニューアル車として683系が登場。683系投入に伴い「スーパー雷鳥」は廃止された。 この681系と683系については、非貫通型と貫通型があり、どちらも異系同士の形が似通っていて見分けが難しいのが特徴である。ポイントは、非貫通型は、ライトが四つ目のデザインになっている方が681系で、透明のカバーで覆われている方が683系となること、貫通型は、貫通扉両脇の小さなフック(手摺)が無い方が681系で、有る方が683系となることである。
(画像1)サンダーバード681系(非貫通型)
(画像2)サンダーバード 683系(非貫通型)
(画像3)サンダーバード 681系(貫通型)
(画像4)サンダーバード 683系(貫通型)
(画像1)と(画像3)は、このサイトの画像を掲載
(画像2)と(画像4)は、このサイトの画像を掲載
その後、2011年3月11日、 1964年の運転開始以来40年以上もの長きにわたって走り続けてきた特急「雷鳥」は、約半世紀の歴史に幕を下ろすことになった。さらに、2024年の北陸新幹線敦賀開業で金沢駅から敦賀駅間の乗り入れが廃止となった。しかし、現在も最長12両の堂々とした姿で活躍を続けている。
テッちゃんの話を聞いてると、新快速と共に、このサンダーバードにも、いつか近いうちに乗ってみたいという思いが強くなった。すると、テッちゃんが「そろそろ京都に着くのでお別れだ」と言いながら、「多分京都駅に着く前にサンダーバードがこの電車とすれ違うはずだから見ておくといい」と教えてくれた。やがて新快速電車はテッちゃんが言う通りサンダーバードとすれ違った。それは本当に一瞬のことで、流石に双方ともが最速達種別の列車であるという存在感を十分に見せてくれた。やがて京都駅に着いたので、ここで降りるテッちゃんを見送るために出口まで私もついて行った。テッちゃんは終始被っていたニット帽を整えながら爽やかな笑顔を見せて、「じゃあ、気をつけて旅を楽しんでな」と言って京都駅の人波の中に消えて行った。私は、人との別れが少しだけ苦くなる気分を久しぶりに味わいながら元の席へと戻って行った。芦屋から京都までわずか45分程度の交流だったが、私にとっては乗り鉄の醍醐味を味わえる貴重な時間だった。
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JR新快速の旅(その3)に続く




