概して方向音痴である私は、鎌田駅を出るとすぐにGoogleマップを頼って、南向きに出会い橋まで歩くことにした。約560m歩いた所に出会い橋はあった。出会い橋というのは、重信川下流に架かる県道326号線上の橋で、その東には、国道56号線上の出会い大橋が伸びている。出会い橋北交差点から左に折れて、重信川の北側側道を東に向かって出会い大橋を目指す予定であったが、そこの側道が思った以上に交通量が多く、道の脇を歩くのが危険な感じがしたので、出会橋を渡って重信川の南側側道を、出会い大橋を目指して東に向かうことにした。出会い橋が約250m、重信川南側側道が約275mで、合計525m歩いた所で、高架になっている出会い大橋の下まで来たが、そこから橋の上に登る階段がどこにも見当たらなかった。5mほどの土手で行く手は塞がれ、上にも登れない状態だったので、出会い大橋の上に立つために、再び525mを歩いて戻り、重信川の北側側道を285m東に向かって出会い大橋に行き着くことにした。
このように、要らぬ時間をとって周りくどい行程で辿り着いた出会い大橋から撮った電車の写真は満足のいくものであった。私は、鉄道写真などを撮るためなら、少々要領を得ない不器用な行動も苦にはならない。むしろそんな時間も貴重なものと思っている。
重信川に架かる電車の鉄橋を境にして、フレームの3分の2ほど上に空をもってくる構図と、フレームの3分の2ほど下に川をもってくる構図を比べてみると、不思議と前者の方がしっくりくる。3分の2ほど下に川がきた場合、何か重力を感じてしまい、電車が重いもので縛られている感覚がある。人生で言えば「過去」を引きづっているようなものである。3分の2ほど上に空がくる場合、浮遊感があって少し不安定であり、人生で言えば「未来」の可能性と不安が広がっているような感じである。鉄橋は差し詰め「現在」という電車を支える橋といったところであろうか?であるなら、「現在」という電車は、なんと大きな「過去」と広い「未来」の狭間で慎重に動いていることか!視野を広げて見れば、鉄橋を細々と通過しようとしている小さな電車が愛おしく思われる。

