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松山城と愛媛県庁を背に走る坊ちゃん列車

 

 

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松山市役所前で停車中の坊ちゃん列車

 

 

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花園町通りを市駅に向かって疾走する坊ちゃん列車

 


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市駅でUターン準備をする坊ちゃん列車(早回し)

 


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この後道後まで運行する為に待機する坊ちゃん列車

 

 

伊予鉄道は1887(明治20)年に設立、1888(明治21)年に狭軌の軽便鉄道としては日本初、民営鉄道としては阪堺鉄道(現南海鉄道)に次いで2番目として、松山と三津間の約6.8kmの営業運行を開始しました。開通当時の蒸気機関車は、夏目漱石の「坊ちゃん」の中で、「マッチ箱のような汽車」と書かれています。この機関車は、ドイツ革命前のバイエルン王国・ミュンヘンのクラウス社製B形蒸気機関車(甲1形)2両で運行を開始したようです。これらはあまりの小型さゆえに分解されず、完成状態のまま木箱に詰めて納品されてきたという話が残っています。

 

ディーゼル機関車の導入に伴い1954年に引退しましたが、2001(平成13)年に松山観光のシンボルとして「坊ちゃん列車」が復元されました。この際、蒸気機関車として本格的な復元を望む意見もありましたが、ある程度妥協して現代的にアレンジし、環境に配慮したばい煙をなくした列車にすることとなりました。列車は往時の坊っちゃん列車をモデルにディーゼル動力方式を採用。制服も当時のものを復元するなど、可能な限り往時の姿に似せています。また、蒸気機関車ならではのドラフト音は車外スピーカーによって鳴らす方式を採用し、煙突からは水蒸気を使用したダミーの煙を出す発煙装置を採用するなどの工夫がなされています。

車両の概要は以下のようになっています。

  • 車両:ディーゼル機関車D1形 1 + 客車ハ1形 1・2(第1編成)、ディーゼル機関車D2形 14 + ハ31形 31(第2編成)
  • 製造:新潟鐵工所

※ 機関車のD1形は甲1形、D2形は甲5形がモデル