字幕翻訳に特化した本はあまり多くありませんが(だから自分で書いたのですが)、文芸翻訳や英文解釈の本となると、かなり多くの翻訳論や "How to" ものがあります。

 

 

先月は、そんな翻訳論の本を3冊ほど購入しました。1冊はまだ読書中ですが、読み終わった2冊について、少し内容を書き留めておこうと思います。

 

 

まず読んだのは『嵐が丘』『風と共に去りぬ』などの古典から現代小説の翻訳、書評やエッセイなどの出版で知られる鴻巣友季子さんの『翻訳教室  はじめの一歩』

 

 

 

 

 

 

こちらは2012年にEテレの番組『ようこそ先輩 課外授業』で鴻巣さんの出身小学校での授業の様子を元に書かれたものとなっています。

 

 

授業と言っても、小学6年生向けのものなので小難しい翻訳論を述べたものではなく、日本でもよく知られるシェル・シルヴァスタインの "The Missing Piece" (邦訳『ぼくを探しに』)という絵本を使い、子どもたちに簡単な翻訳体験をさせたものになっています。

 

 

 

 

 

 

 
 

 

子どもたちの柔軟な思考や、物おじしない発言態度によってさまざまな意見が出され、英語から日本語への新鮮な訳が繰り出されていきます。単に単語を調べて変換するのではなく、絵や言葉から想像しながら本筋をたどる旅といった感じでした。

 

 

彼女はアドバイスをする程度で、主として子どもたちに自由に発想させています。インターナショナルスクールにも遠征し、英語が母国語の子どもたちとも話し合わせて解釈をより深めていくなど、「教え込む」のではなく「気づかせる」姿勢に感心しました。

 

 

最後の章に彼女自身の言葉や翻訳に対する考え方も述べられています。日本人が好む「透明な翻訳」とは、オリジナルが透けて見えるような原文に近い訳を意味するが、海外では「同化翻訳」、つまり自分たちの文化に寄せる自然な翻訳を意味していて、そういうアプローチが好まれていること。

 

 

逆に「異化翻訳」は原文に忠実に訳すため、語彙や文法の知識があればでき、ヘタをすると機械翻訳やAI翻訳のような、いわゆる「翻訳調」の文章になること、などを論じています。

 

 

「異化翻訳」では、海外の文化や、物の名前、概念などそのまま入れるので「異文化紹介」という点では意味ある訳し方になります。

 

 

鴻巣さんは、まず筆者が書いていることを正確に読み取って解釈し、その上で言語・文化の違いを想像力で埋めながら能動的に翻訳することが大切だと言っています。

 

 

私が買ったのは2020年に出された文庫本ですが、こちらのほうが9年を経てコロナパンデミック最中の新たなあとがきが読めてよかったと思います。

 

 

 

2冊目は、東大名誉教授で英文学者、翻訳家の山本史郎さんが書かれた『翻訳の授業  東京大学最終講義』です。

 

 

 

 

 

 

さすがに学者さんだけあって、出てくる文献や書名の数がすごい!聞いたことがない作家や作品がたくさん出てきて、話についていけないこともしばしば・・・。

 

 

でも、この本もたくさんの用例を出しながら、基本的に「同化翻訳」と「異化翻訳」のそれぞれの特徴や功罪について述べています。

 

 

昔はオリジナルに忠実に訳す異化翻訳が正しい翻訳だとされていたので、著名な学者や作家たちは多少日本語が不自然になっても、元の英語の言葉遣いや語順、強調の仕方などをそのまま訳していました。

 

 

サリンジャーの "The Catcher in the Rye"『ライ麦畑でつかまえて』)もそのひとつ。

 

 

主人公、ホールデンのとんがって斜に構えた独特の語り口を、1984年の野崎孝訳ではできるだけ再現していました。(たとえば、"do ... or something" を「… かなんかしちゃって」など

 

 

が、2006年の村上春樹訳『キャッチャー・イン・ザ・ライ』では、そういった特徴は無視して、若者の話し言葉でありながら自然に流れる日本語訳になっています。

 

 

私は昔から翻訳小説を読むのが苦手したが、その理由はやはり読みにくくて不自然な日本語にありました。が、最近の若い翻訳者さんたちは、できるだけ自然で読みやすい日本語に落とし込んでいるようです。

 

 

ただ、この方ご自分で『完全版 赤毛のアン』を訳されているのですが、これまでの多くの翻訳家の例を挙げて、自分の解釈の方が正しい、という言い方をされたり、別の本の石井桃子さんの訳を「失敗」と言ったり、その辺はちょっと失礼よね、と思いました。

 

 

もちろん完全な誤訳はまずいけど、誰だって勘違いはあるし、「失敗」と言われた箇所はただの解釈の違いだし、子ども向けには分かりやすい表現だったのでさほど問題ない部分でした。

 

 

他にも著名な翻訳者が書かれた本で、他の翻訳者の誤訳を例に挙げているものをよく見かけます。学習者にはいい勉強になりますが、名前や作品名を挙げられた方はいい気がしませんよね~。

 

 

誤訳やミスを挙げるなら、自分の作品を取り上げてお書きになったらよろしいのにと思います(そういう方はミスを1つもしないのかしら?)えー?

 

 

ただ、この方がおっしゃる「(翻訳とは)AIにはけっして真似できない、深い深い思索の冒険」であり、「言語レベルの置き換えではなく、コミュニケーションレベルの転換」であり、「作者と読者が世界を共有する出来事」である、という翻訳論には強く同意します。

 

 

今読んでいる最後の1冊は、柴田元幸さんが書かれた翻訳論ですが、とても長いので、こちらも読み終わり次第書いていきたいと思います。