昨日、第2次岸田内閣の第2次改造で「復興大臣」として初入閣された、土屋品子さん。

 

 

なんと、私が初めて教師として勤めた埼玉県立某高等学校で、半年ご一緒させていただいたことがあります。

 

 

私は大学を卒業後、産休を取られた先生の代理で常勤講師として勤務することになりまして。

 

 

常勤講師というのは、毎日正規の教員と同じ勤務時間、勤務内容で校務分掌も部活顧問もやるのですが、ボーナスや保障が少ない臨時的任用です(いわゆる非正規雇用と同じ)。

 

 

というわけで、いきなり部活の顧問もやることになったのですが、その産休の先生が華道部顧問だったので、それを引き継ぎました。外部講師として、ご指導にいらしていたのが土屋品子さんでした。

 

 

確か「小原流」だったと思うのですが、週1回、お花を用意して学校に来ていただき、生徒と一緒に教えていただきました。教師としてお金を頂きながら生け花が習えるという、とてもおいしい初仕事でした♪(お花代はもちろん各自で)

 

 

お花の先生と言えば、お年を召してちょっと気難しいというイメージがあったのですが、品子さんは若かったし、とてもざっくばらんでさっぱりした方でした。

 

 

お料理もお上手で、ご自宅で教えていらっしゃると伺い、何度かお宅におじゃまして教えて頂きました。もう何を作ったか忘れましたが、すごく覚えているのはキャベツの千切り!

 

 

私は料理が苦手(というか段取りがめんどくさい)で、包丁さばきも当時はイマイチ。うまく千切りができなくて「それは百切りね」と先生に笑われました汗うさぎ

 

 

品子さんのは、もうプロですから「私のはよく万切りと言われる」とおっしゃるとおりの細かさ!脱帽でした(今なら私もスライサーで同じのが作れるぞ!爆笑

 

 

品子さんのお父様は、当時埼玉県知事でいらした土屋義彦氏。残念ながらだいぶ後になって、ご長女の桃子さんが政治資金規正法違反で逮捕され、父親も辞職に追い込まれましたが、地元の名士だけあってりっぱなお宅に住まれていました。

 

 

といっても、もうどんなお家だったか忘れてしまったのですが(なにせ遥か昔の20代の頃)、これまた1つだけはっきり覚えているのが、壁にかけてあった品子さんのスキー場でのお写真。

 

 

当時は(といっては失礼ですが💦)、スラっとスマートでおきれいだったので、スキーウェアがお似合いで。しかも、スキー検定1級の腕前と聞いて、スポーツもできるのか、と驚きました。

 

 

やっぱりお嬢様は違うな~と、育ちの違いを感じました。8つ年上の何でもよくできるお姉さん、そんな眩しい存在でした。

 

 

その後、私は教員採用試験に合格して4月からは別の学校に勤務となり、その5年後にはアメリカに行ってしまったので音信不通に。帰ってきて数年後、品子さんが埼玉13区から出馬して衆議院議員となられた時は、びっくりしました。

 

 

そして、ついに大臣に!びっくり

 

 

でも、すでに71歳のご高齢・・・ショック もう少し早くチャンスがくればよかったのにと思いますが。

 

 

魑魅魍魎がはびこり忖度や権力闘争などが横行する政界で、女性が正論を言ってもなかなか通らない難しい状況ではあると思いますが、お体に気をつけて頑張っていただきたいと思います照れ