初めての病院の思い出と耐え難い日々
けぇちゃんは産まれてから今も毎月病院で定期受診があります。今では慣れて病院のスタッフの人たちとも世間話も出来るぐらい和気あいあいとすごさせて貰ってます。ママ友より病院の知り合いの方が多いですそれはとても恵まれて幸せなことだと感じていますけぇちゃんも病院に居る人みんな知り合いかの様に、手を振り挨拶をします。さすがに少し大きくなってきたので、戸惑う方もおられます。そりゃそーだこうして通っていると新生児を抱っこして待合室で緊張気味で座っておられるママ達を数年見てきました。何もないと良いな。と心で願ってます。一方で夫婦で来られてたり、時には一族で、おばあちゃんとママと赤ちゃんで、待合室で座ってる姿を見ると昔のこと、思い出してしまい羨ましいなと思ってしまいます。旦那は今となってはとても協力的で共に子育てを頑張る同士のような存在です。でも当時は…悪口…かきましょうかね少し笑この人には心が無いのかと何度も感じました。初めての赤ちゃんなのにまるで手慣れてるというか、荒い…ひどすぎて頼れなかった。そして私の不安な気持ちにも寄り添ってくれる要素のない冷たさ…接し方、触れ方については何度も何度も注意しました。その度喧嘩というか、冷戦状態で家庭内の雰囲気は悪かったです。あの頃の旦那は今でも大嫌いですし憎んでいます。助けての言葉を受け取ってくれなかったこと。無視し続けた事。一生忘れません。産後うつなのか、私もとても神経質だったのでしょう。そんな人と話したくは無いですよね。役所の人の電話にも出たくなくて大変心配と、迷惑をかけてしまってました。そんなだからか仕事が本当に忙しかったからなのか、初めての病院にはついて来てはくれませんでした。不安で不安でどうしようもなかったですし、それでも頼れる人は居ないのでけぇちゃんをおくるみに包んで大荷物を持って。。私自身もまだ産後すぐだったので身も心もボロボロでとっても惨めで自分が可哀想だと思ってました。今思い返しても私可哀想だと思ってます待合室で泣いてました。懐かしい。それにけぇちゃんの事を可愛いなんて少しも思えなくて、ただ恐怖の対象でした。一度起きると何時間も泣き続けるし、小さいし弱々しいし怖かった。泣く癖にオッパイ、ミルク完全拒否。何十分も苦戦してようやくけぇちゃんの吸啜反射というのですかね、それに訴えかけられてパクっとしてくれて飲んでくれますが、飲み終えると大量のミルクが吐き戻されます。そんなに飲んだのかと思うぐらいでした。勢いがあるから多く感じたのかな。体が口が、小さいから少しの量でも多く見えたのかな。窒息するんじゃないかとか、もう周りが、周辺がひどくて何をどうして良いか分からない状態になってました。怖すぎました。吐くと苦しいから泣きます、泣くと更に口からミルクが溢れ出て吐きます…着替えるとまた吐き戻しが…動かすと吐き戻しが…抱き変えると…スタイ変えようとすると、口を拭こうとすると…心がすり減って、慎重に慎重に接してもどうしても吐く…後々は、タオル類をそれはたくさん使って被害を最小限にしようと試行錯誤してました。嘔吐の恐怖はその後も数年間続きます。吐いても吐いても体重を増やさないといけません。吐かれるたびに落ち込むし、なんでこんなに嫌がるんだろう、どうして飲まないんだろうどうして吐き戻すんだろう…もしかて産まれて来たくなかったのかな。生きていたく無いのかな…この子は大丈夫なのかなとか分からなさすぎてとにかく怖かったです。そんな中、新生児の検査結果の電話がかかって来て、産院の看護師さんからほぼ引っかからないよと言われてた検査も引っかかってるし、耳まで聞こえてないかも…再検査ばかりで何一つスッキリしない状態で過ごす毎日は私には耐え難い日々でした。