少年易老学難成(少年老いやすく学成りがたし)
きっかけが何か忘れたけど会社の人に
少年易老学難成 少年老いやすく 学成りがたし
一寸光陰不可軽 一寸の光陰 軽んずべからず
未覚池塘春草夢 未だ覚めず 池塘春草の夢
階前梧葉己秋声 階前の梧葉 すでに秋声
って言われチンプンカンプンだったんで、ネットで調べてみました。
↓回り道雑感(http://www.fk.urban.ne.jp/home/kazuaki3/zakkanback-10.htm )転載↓
朱子学の太祖,南宋の朱熹が作った「偶成」という漢詩である。遠い昔,国語の漢文の授業
で習った覚えがある。ふとしたことで,この漢詩が目に止まった。
若いころは試験の対象でしかなかったこの詩だが,こうして改めて読んでみると,いやいや
なかなかに考えさせられるではないか。
少年老いやすく・・・・・・気持ちは少年のころのまま(のつもり)だが,振り返ればす
でに50年を過ぎてしまった。その間いろいろなことがあったのだろうが,すでに記憶は薄れ
かけている。一度にまとめて10年も年をとるわけでもないのだが,気が付けばこの年・・・
学成りがたし・・・・・・・「学」は「夢」であろう。数え切れない夢を見て,努力はし
てきたが未だ満足の行くこともなし。まさに「成りがたし」であった。
一寸の光陰軽んずべからず・・・・・・おっしゃる通りである。そう思いつつも今も光陰
を軽んじている私であるが,肝に銘じておかなくてはならない言葉である。
何故にこの漢詩が営々と語り継がれているのか,それはこの中に紛れもない真実があるから
であろう。しかもだれもがある年になれば頷ける事実を率直に語っている。
団塊の世代と呼ばれ,激動の20世紀の半分を生きてきた私たちも,そろそろ朱熹先生と同
じ境遇に入りつつあるのだが・・・・格調高い生き方を詠う朱熹には遠く足元にも及ばない。
しかし,成りがたい学をあっさりとあきらめ,一寸の光陰どころか,有り余る時間を無為に過
ごしている人とはちょっと違う,秘めたる志があるので許してもらうことにしよう。
どんな人なのかはよく知らないが,一度こんな先生の講義を受けてみたいものだ。たちまち
「破門」になるのは間違いないのだが・・・・・・・
↑回り道雑感(http://www.fk.urban.ne.jp/home/kazuaki3/zakkanback-10.htm
)転載↑