バットボーイ時代のベイスターズ
バットボーイのアルバイトをしていた頃、
横浜ベイスターズは2位、優勝と過去最強のチームだった。
1.石井琢(遊)
2・波留(中)
3.鈴木尚(左)
4.ローズ(四)
5・駒田(一)
6.佐伯もしくは中根(右)
7.進藤(三)
8.谷繁(捕)
9.投手
という打順が固定されていた。
マシンガン打線と言われる由来となった打線。
1997年は7月8月と奇跡といわれるような勝ち方を続けたが、
9月3日のヤクルトとの天王山三連戦で初戦、石井一久(当時ヤクルト)に
ノーヒットノーランを食らって、そのまま3連敗し優勝を逃した。
そして翌年は権藤新体制になり、見事優勝。
就職活動期でもあったため、6月くらいまではそこそこ。7月からは
バイトも多忙になっていた。そして見事胴上げが目の前で見れた。
優勝した翌年から仕事の都合で横浜を離れた為、だんだんと疎遠になり、今では
レギュラーはわかるが、補欠、2軍選手まではわからなくなってしまった。
なんせ、地方では横浜ベイスターズをを取り上げる事が少ないし、こっちは
やはりカープですからね~。
この前、バットボーイの事を少し書きましたが、意外とこの当時のネタが少し浮かびそうなんで
また、ちょこちょこ書いていこう~っと。
確か「MR.mr.プロパー君」がタイトルでMRのたわ言を書いて行くつもりでしたが、いつのまにか脱線(笑)
まっ、かまわないよね♪