空人。経由 の メッセージ
Chapter. 4
Season. 1
《 SM - 6 》
【〝天界〟−第3章− 】


《 天界視点 −1 》
『〝カルマ〟の〝真偽〟を〝問う〟』
〝カルマ〟・〝因果応報〟
果たして
〝天界の住人たち〟は
どのように〝考えて〟いるのだろうか
それらは
〝創造主(かみ)〟が〝創造(おつくり)〟に
なったのだろうか
そうで無ければ
〝それら〟は〝真実の理(ことわり)〟
ではない
そもそも〝それら〟は
・
・
如何なるものなのだろうか


『〝真実の神に誓(ちか)える真実〟ならば 』
« 第1節 »
〝決断〟とは
〝方向〟を〝決める〟こと
〝決めただけ〟では
〝何事〟も〝始まらない〟
たとえ
どの方向に〝決めて〟
どの方向に〝進んだ〟としても
その先には
〝今日〟と同じ
〝悲しみ〟や〝苦労〟〝試練〟は
必ず〝待っている〟
すべては
あなたの〝魂〟に〝必要な体験〟だから
〝それら〟から
〝逃(に)げよう〟としても
それは
〝できない〟
すべては
あなたに〝必要〟な〝体験〟であり
そして〝その結果〟を
あなたが〝受取るべきもの〟だから
それらを〝本来(ほんらい)〟
・
・
〝カルマ〟
〝因果応報(いんがおうほう)〟
と
〝呼ぶ〟のかもしれない
« 第2節 »
〝因果応報〟とは
〝過去世(かこぜ)〟の〝罰(ばつ)〟ではない
〝創造主(かみ)〟は
〝罰〟を〝与えること〟を〝望まない〟
〝罰〟の〝必要性〟自体を
〝認めて〟おられず
『〝罰〟とは〝創造主(かみ)〟の〝創造〟』
ではない
〝罰〟とは
どんなに〝言葉〟を〝弄(ろう)しても〟
〝慈愛(じあい)〟とは
〝正反対〟に〝存在(ある)〟事象(もの)
〝慈愛〟
それは
相手の〝罪(つみ)〟をも〝愛する〟
『〝可愛い我が子〟の〝成長〟』
そのために
« 第3節 »
〝創造主(かみ)の愛〟
とは
〝無償(むしょう)の愛〟
まるで
何も知らない〝子供〟に
〝与える愛〟のように
ただ
〝成長〟だけを〝楽しみ〟にして
〝おいた〟をしたとしても
与えるのは
〝罰〟ではなく
『 愛を持って〝諭(さと)す〟』こと
相手は
〝まだ〟何も〝知らない〟
〝愛(いと)しい子供たち〟
〝教えて〟〝体験させて〟〝納得させて〟
〝溢れる愛〟で〝抱(だき)きしめる〟
« 第4節 »
〝真実の神〟は
〝宗教〟を〝必要〟としない
〝真実の神〟は
何も〝求めない〟
〝信仰する〟ことすら
〝強要(きょうよう)しない〟
『〝唯一無二〟の〝創造神(かみ)〟』
すべては〝彼の一部〟
〝信じ〟ようが〝否定〟しようが
私たちは
『〝彼の一部〟に〝生きている〟』
この世界の〝すべて〟は
彼の〝創造物〟
〝すべて〟は〝彼の一部〟
この世は〝真実の神〟で〝溢れてる〟
〝彼〟は
〝見返り〟を〝求めない〟
〝必要〟なものは〝すべて創造(ある)〟
« 第5節 »
〝罪(つみ)〟を〝赦(ゆる)し〟
それでも
〝愛しい子供たち〟に与える〝罰(ばつ)〟
〝とは〟
いかなるものなのか
『あなたの〝ために〟』
は
〝取り繕(つくろ)う〟ための〝方便(ほうべん)〟
〝人〟が〝人〟を〝従わせる〟ための
『〝奇跡の力〟を持たない〝人〟』が作った
『忌(い)まわしき呪(のろ)い』の
〝呪文擬き〟
(じゅもんもどき)
まして
〝過去世(かこぜ)〟の〝記憶〟が
〝無い状態〟で
〝過去世〟の〝言動〟の
『〝報(むく)い〟だ』と言われて
何を〝反省〟するのだろう
〝罰〟を〝必要〟とする
『〝慈愛〟と正反対の〝神〟』
とは
・
・
〝どこの神〟
なのであろうか
« 第6節 »
〝前世(ぜんせ)〟で〝善行〟を〝行い〟
〝現世(げんせ)〟で
〝還(かえ)って〟きたとしても
〝なんの記憶〟もなく
〝見返(みかえ)り〟だけを〝受ける〟ことは
〝特別扱い〟〝甘やかされている〟
ようで
〝果たして〟
〝現世〟の〝あなたの魂〟にとって
〝良い体験〟となるのだろうか
〝輪廻転生〟を〝創造〟した
『〝創造主(かみ)〟の〝御心(みこころ)〟』に
〝叶(かな)う〟ものなのだろうか
〝なに不自由の無い〟
〝人生〟から
〝何を〟体験するのだろう
すべては〝創造主(かみ)〟の〝導き〟
« 第7節 »
ならば
〝カルマ〟
〝因果応報(いんがおうほう)〟と
〝言われていた〟ものは
〝いかなるもの〟なのだろうか
〝因果応報(いんがおうほう)〟とは
『〝確かに〟必要であろう〝道徳〟』
それを
〝教える〟ための
〝方便(ほうべん)〟なのだろうか
もしくは
〝恐怖政治〟のためのもの
なのだろうか
人々を
〝操(あやつ)る〟ために
〝扱(あつか)いやすく〟するために
『 飴(あめ)と鞭(ムチ) 』の如(ごと)く
« 第8節 »
『〝神の使徒〟を〝名乗る者たち〟』
よ
〝教えてほしい〟
〝懺悔(ざんげ)〟と言う〝言葉〟を
〝ご存知(ぞんじ)〟か?
〝ご存知〟ならば〝教えて〟ほしい
私は
『〝記憶〟が無い〝過去世の言動〟』
の
何を〝懺悔(ざんけ)〟すべきだろうか
そして
何を〝反省〟すべきだろうか
記憶すらない〝その反省〟は
どんなことに〝役立つ〟のだろうか
〝その懺悔〟を〝すること〟は
〝創造主(かみ)〟の〝御心(みこころ)〟
なのだろうか
« 第9節 »
〝地獄界〟と言う〝名〟も
〝一般的〟に〝耳〟にする
〝過去世(かこぜ)〟での〝行動〟で
〝輪廻転生〟の先として
『〝現世(げんせ)〟に〝生〟を受けた者』
が
〝カルマ〟によって
〝因果応報〟が〝現世〟に
待っているのなら
〝その者〟の
〝その世(せ)〟の〝終焉〟の〝先〟には
〝地獄界〟が〝待っていた〟
ことだろう
〝地獄界〟で〝罰〟を受け
さらに
〝現世〟に於いて
〝記憶〟や〝覚(おぼ)え〟の無い
〝因果応報〟が〝待っている〟のだろうか
そもそも
〝一生〟で〝二度〟も
〝罰〟を受けなければならない
〝行動〟をする者を
〝輪廻転生〟で〝その世(せ)〟に
〝生〟を与えたとは
『〝人〟として〝生まれ変わり〟させた』
とは
『なんたること』か
〝管理者責任〟〝創造者責任〟〝怠慢〟
『〝全能(ぜんのう)の神〟は〝完璧(かんぺき)〟』
では〝ない〟のだろうか
・
・
それとも
・
・
『〝ありもしないこと〟を〝でっち上げ〟』
〝そうとは知らず〟
『〝創造主〟は〝無能な存在(もの)〟』
と
〝触(ふ)れ回る者〟が〝存在(いる)〟のだろうか
そもそも
〝その目的〟のための
〝カルマ〟〝因果応報〟〝地獄界〟
それらを
〝創造〟したのは〝誰〟なのだろうか
それとも
〝創造〟ではなく『〝想像〟の〝産物〟』
なのだろうか
『〝創造主(かみ)〟の〝慈愛〟』
の下(もと)に
〝疑問〟だけが〝存在〟する
・
『筋が通らない』『矛盾(むじゅん)』
ばかり
〝懺悔〟を〝すべき〟は
私で〝間違いない〟のだろうか
〝懺悔〟と言う〝言葉〟を
〝ご存知(ぞんじ)〟か?
〝ご存知〟ならば〝教えて〟ほしい
✡
『〝真実の神〟に誓(ちか)える〝真実〟』
ならば
〝教えて〟ほしい
〝真実の神に誓える〟
のなら
『〝神の使徒〟を〝名乗る者たち〟』
よ
〝教えてほしい〟
『〝無知〟な〝私〟に〝真実〟』
を
それとも
〝このように〟考える〝私〟に
〝与えられる〟ものは
『〝真実〟ではなく〝罰〟なのだろうか 』
ならば
〝どこの神〟からの〝罰〟なのだろう
・
それとも
・
(人が〝想像〟した)
〝想像神(そうぞうしん)〟であろうか
〝誰か人〟が〝作った真実〟
ではなく
『〝真実の神〟に誓(ちか)える〝真実〟』
ならば〝教えて〟ほしい
〝あなたの魂〟が
『〝真実の神〟に誓(ちか)える〝真実〟』
だと言うのなら
〝教えて〟ほしい
« 第10節 »
〝過去世(かこぜ)〟での〝行動〟は
〝輪廻転生〟の過ぎ去った〝魂〟の
『 終わった〝体験〟』に
すぎない
〝その世(せ)〟での〝魂〟にとって
〝必要〟だった〝体験〟
『生き抜かなければ』と言う
極端(きょくたん)な〝環境〟での
『〝せざるおえない〟状況下』での
〝行動〟
〝弱肉強食〟は
〝創造主(かみ)自身〟が創造した
〝理(ことわり)〟
〝戦国時代〟〝世界大戦〟〝自然災害〟
〝人〟が〝人であるため〟の
〝試練(しれん)〟
〝生きる〟ために
相手の〝存在(いのち)〟を
〝奪わねば〟ならない〝時代〟は
この地球上に確かに〝存在(あった)〟
そして〝現代〟にも
〝綺麗事(きれいごと)〟が〝通じる〟時代は
〝綺麗事〟が〝通じない〟時代は
確かに〝存在(あった)〟
〝現代〟に〝生きる〟我々が
『〝現代社会〟の〝環境〟』を〝前提〟に
〝過去の時代〟での
〝善悪の判断〟をすること〝自体〟
〝意味〟が無いことを
・
・
〝忘れて〟
は
ならない
« 第11節 »
〝因果応報〟〝地獄界送り〟
それは
『〝誰〟が〝判断〟する』と
言うのだろうか
〝天界の真実〟を〝求める〟のなら
もう一度
〝冷静〟に〝考えること〟の〝必要性〟を
〝お伝え〟したい
« 第12節 »
〝本来(ほんらい)〟
〝人間界〟で言う〝因果応報〟とは
〝現世〟で〝あなた〟が
『〝体験〟すべき〝事象(こと)〟』
と
その『結果』
つまり
〝単なる〟
〝体験〟と〝結果〟
〝来世〟へと
あなたの『〝魂〟が〝続く〟』ために
〝現世〟での
〝魂〟の〝体験すべき事象(こと)〟へと
〝導く〟
・・《 因果応報 》とは・・
〝輪廻転生〟を〝繰り返し〟
〝現世〟に〝産まれた魂〟
その〝魂〟は
〝今世〟で〝何を体験〟すべき
なのだろうか
その〝振り払う〟ことが出来ない
人生の〝苦しみ〟を
『〝過去世〟での〝自分〟の〝罪〟』
と〝定義〟し
〝人〟は〝因果応報〟
と
〝表現〟したのかもしれない
〝振り払う〟ことの〝できない〟
〝試練〟と言う〝原因〟の
〝その先〟にもたらされる
〝魂〟が〝震(ふる)えるほど〟の〝喜び〟
それを〝知らず〟に
〝単に〟
〝苦しみ〟の〝源〟を
〝過去世〟の〝自分〟の〝責(せい)〟
にして
〝誰〟も〝知らない〟
あなたの〝過去世〟での〝言動〟の
〝責(せい)にして〟
『〝試練〟と言う表現を〝知らない人〟』
に〝とって〟は
その〝苦しみ〟を
『〝過去世〟の〝罰〟』
と
〝理解〟したのかもしれない
⇩・本文引用・⇩
『〝神の愛〟とは〝無償(むしょう)の愛〟』
それは
〝教えて〟〝体験させて〟〝納得させて〟
〝溢れる愛〟で〝抱(だき)きしめる〟
・⇩・
✡〝体験させて〟✡
・⇧・
それこそが
〝試練〟の『ひとつの〝存在意義〟』
である
« 第13節 »
『〝現世〟での〝行動〟の〝因果応報〟』
は
〝来世〟で〝清算〟するものではない
『〝現世〟での〝行動〟の〝因果応報〟』
は
〝現世〟で〝清算〟するもの
である


【 真実 】とは
すべてを〝創造主(かみ)が創造〟した
〝例外なき理(れいがい なき ことわり)〟に
〝もとづく〟ものである
セラフィム (Seraphim)
✡ 公開予定日 ✡
8/28金曜日 AM0:00
次回も
〝 お楽しみに 〟




























































