30代・女性
大学の頃から付き合っていて、
卒業後遠距離になった。
遠距離の先にあるものが結婚だと信じて疑わず、
卒業後相手の仕事が軌道に乗って来た頃に結婚した。
結婚式の準備の際、
主に金銭面で違和感を覚え始めた。
相手方の親が挨拶に来ると言っていたが、
仕事を理由に結局来なかった。
必ず挨拶に来て欲しい、という訳ではなく
挨拶に来ると言ったなら来て欲しかった。
これは最後まで引っかかった。
私の親もさすがに怒っていた。
価値観が違う事は分かっていたので、
親は賛成はしないけれど反対もしなかった。
その後相手方へ嫁いだ後は私も就職し、
生活パターンが出来始めたが、
義祖母に介護が必要となった。
普段他人扱いする義親が、
ここぞとばかりに介護の役目を私に押し付けた。
約2年働きながら家事をし、
義祖母の介護をする生活が続いた。
家事は全て私がしていた。
何のために生活してるのか分からなくなってきたので、
離婚を申し出た。
自営業で世間体もあるから、
とりあえず別居にしようと言われた。
遠方に嫁ぎ、就職している私が
家を出るのはとても難しい事だったので、
相手が家を出た。
仕事と介護中心の生活になった。
別居中、相手が不倫をしていた。
色んなことが馬鹿馬鹿しくなり、
今まで抱いていた違和感が爆発した。
ちょうどその頃に義祖母が施設に入る事となり、
時々見に行くくらいになった。
段々と弱って行く義祖母を見て、
ここで見捨てるのは何となく気が引けたので、
義祖母の介護が要らなくなるまでは
婚姻関係を続ける事にした。
約半年後、義祖母の容体が急変。
延命措置をするなら2〜3ヶ月、
しないなら2〜3週間と言われた。
認知症だったのもあり、
せめても最後は人間の尊厳を保ったままの方が、
という義実家の考えで延命措置はしなかった。
3日後に亡くなった。
既に関係は破綻しており、
施設にも週一通っていただけなので
葬儀やらはどの立場で振る舞えばいいのか分からず聞いたら
「通夜は家族だけでするから、葬儀だけ来て欲しい」と言われた。
ここで何かが決定的となり、
急いで部屋を探して家を出て行った。
何度か口論となったが、何とか離婚成立となった。
子どもがいたなら我慢したかもしれない。
繋ぎ止めるものが何もないので、
私の頭の中は離婚しかなかった。
別居期間も1年過ぎていて、
離婚が成立年末ギリギリになったけど、
本当に清々するとはこの事だと思い、
正月は実家でパーティーをしてくれた。
事情を知っていた友達も祝ってくれた。
その後引っ越した先で出会った人と再婚した。
ちゃんと合う人と結婚する時は、
物事がトントン拍子に進む事を知った。
もちろん親も大賛成。
あれ程不妊で悩んでいたのに、すぐにできた。
1度目の結婚をしなければ再婚もできていなかったので、
1度目の結婚自体も後悔はしていない。
そして、本当に離婚して心からよかったと思っている。