ボツネタ


なんということだ

左足用の靴下が無い

このまま片方裸足のままで外に出て

寒風吹きすさぶ大東京を歩いたら

どうなってしまうだろう


寒さと

みじめさと

心細さに打ちひしがれて

誰にも知られぬまま

私は朽ち果てていくのだろうか


いや

それでも私は生きねばならない

数字で表せる成果を追い求めた先に

効率という正しさにがんじがらめになったとしても

心の奥底に

命に対する熱と敬意を燃やしながら

砂漠にも例えられる大東京の路地を

裸足のままの左足で踏みしめて

力強く歩いて行かねばならないのだ


理性と努力と成功によって鍛え上げた武器を右足に

それでも失われることのない私自身の尊さを裸足のままの左足に乗せて

その両輪でバランスを取りながら

きっと歩いていけるはずだ


私は勢いよく玄関のドアを開け外に躍り出ました

そしてその瞬間

トラックにひかれてぺしゃんこになったのです

暖かな季節の訪れを告げる春一番が吹きました

ぺしゃんこな私は一瞬で高く舞い上がり

空から大東京を眺めました

東京タワーも

スカイツリーも

サンシャインも

とても小さく見えて

あれほど私を悩ませた人間関係など

どこにも見えはしないのでした

私はこのまま風になって

世界中に春を届けに行きましょう


しかし

私はどんどん上昇を続け

宇宙ゴミに貫かれて粉々になり

破片は大気との摩擦で燃え尽き

人知れず消えたのでした

ボツネタ


今日は婚活アプリで知り合った女性と初の食事

「1人ではなかなかお好み焼きを食べに行けない」

という彼女のリクエストにこたえ

クチコミの良いお好み焼き屋さんに来ている

今まで恋というものを知らずに生きてきた私だが

彼女の仕草、表情、声のトーン

全てが私の心臓を激しく揺さぶるのを感じていて

これが、一目惚れというものなのだろうか

初めての感覚に戸惑いながらも

彼女から目が離せないでいた


しかし、である

さっきから彼女の口もとに

かつお節がこびりついているのがどうにも気になる

私が嬉々として「何万年も前には埼玉にも海があった話」をしている間もずっと

かつお節が結構な存在感で彼女の口もとに居座っているのだ


気になる

大いに気になる

だが今日初めて会った彼女にストレートに伝えたら

機嫌を損ねてしまうかもしれない

しばらく考えた後に私は

彼女の無意識にうったえるしかないと結論づけた


楽しい会話の途中

20秒に一度の頻度で

0.01秒間の「食べカス!」というワードを挿し込み続け

彼女が無意識のうちに食べカスに気付くように仕向ける

サブリミナル大作戦である


「昔は春日部のあたりまで海だったらしくてですね(タベカス!)

今では内陸である場所からクジラの化石が出ることもあるんですよ(タベカス!)」


するとどうだろう

彼女が次第にモジモジし始めたではないか

食べカスに気付いて恥ずかしくなってきたのだろうか

「成功か。。。?」

と思ったのも束の間

彼女は勢いよく立ち上がると

「そんなことよりタコスが食べたい!」

と言い放ち、そのまま店を飛び出してしまった


どうやら0.01秒に圧縮したことで舌が回らなかったようで

「食べカス!」ではなく「タコス!」と言ってしまっていたらしい

初歩的なミスを後悔してもすでに遅く

彼女とはそれっきり連絡がつかなくなってしまった


私は毎日彼女を思い出した

お好み焼きを熱そうに食べる息づかいも

時折楽しそうに笑う彼女の声も

私の頭と胸に焼き付いて

どうにも離れていかないのだ


3年後

川口のSKIPシティ多目的ホールに女子プロレスを見に行ったその日

本場仕込みの華麗な空中殺法で鮮烈なデビューを果たした覆面レスラーがいた

試合後の勝利者インタビューを聴いていた私は

記憶に鮮明に焼き付いたままのその声に耳を奪われた

そう、3年前に店を飛び出したきり会うことのなかった彼女である


3年前、急にタコスが食べたくなってメキシコへ飛んだこと

お金がなくなるまでタコスを食べ続け

それでもまだタコスが食べたくて無銭飲食をして捕まったこと

その店のオーナーがメキシコのプロレスであるルチャ・リブレの団体のスポンサーであったこと

そこから厳しい修行に耐え一人前のレスラーとしてつい最近帰国したこと


私のサブリミナル大作戦は

立派なレスラーを育ててしまったようである

私は決意した

これからは私が彼女を支えよう

3年間苦労してきた彼女に

安らげる場所を作ってあげたい

彼女がリングから降りたら

すぐにこの想いを伝えに行こう

3年間ずっと温めてきた

愛の言葉を届けたい


インタビューが恋の話に及ぶと

彼女は爽やかに言い放った

「今はプロレスに恋してますんで、恋人は要りません!」


こうして私の初恋は終わりをむかえた

会場の歓声にこたえる彼女の口もとには

あの日のかつお節が

まだこびりついていたのだった


ボツネタ


冷蔵庫と床の隙間は狭く

私の指ではちょっと入りそうにない

ボールペンはすぐそこに見えているので

そこそこ長くて平たい物があれば届きそうである


私はリビングから30センチ定規を持ってきて

パーの形にした右手を力いっぱい引っ叩いた

ビッタン!

ビッタン!

ビッタンタン!

5時間ほどリズミカルに叩き続け

私の右手は見事ペラペラになった


成功だ!


私は意気揚々と冷蔵庫の下に右手を滑り込ませたのだが

中指の先が当たってしまい

ボールペンはコロコロと転がって更に奥へと入ってしまった

これでは届かない


しかたないので私は右手を引き抜き

左手にたまたま持っていた30センチ定規を使い

隙間からボールペンを取り出した


これでやっとノートに名前を書くことができる

と安堵したのも束の間

右手の骨が全て粉々になってしまっているためペンを握ることができないことに気付き

左手でテプラを操作してお名前シールを印刷しようと思ったのだが

今度はテプラのシールカートリッジが転がって冷蔵庫の下に入ってしまったではないか


私は冷蔵庫の説明書に書かれている通りに「本体上昇」ボタンを押して

広がった隙間に左手を突っ込んでシールカートリッジを取り出したのだ