ボツネタ
今日は婚活アプリで知り合った女性と初の食事
「1人ではなかなかお好み焼きを食べに行けない」
という彼女のリクエストにこたえ
クチコミの良いお好み焼き屋さんに来ている
今まで恋というものを知らずに生きてきた私だが
彼女の仕草、表情、声のトーン
全てが私の心臓を激しく揺さぶるのを感じていて
これが、一目惚れというものなのだろうか
初めての感覚に戸惑いながらも
彼女から目が離せないでいた
しかし、である
さっきから彼女の口もとに
かつお節がこびりついているのがどうにも気になる
私が嬉々として「何万年も前には埼玉にも海があった話」をしている間もずっと
かつお節が結構な存在感で彼女の口もとに居座っているのだ
気になる
大いに気になる
だが今日初めて会った彼女にストレートに伝えたら
機嫌を損ねてしまうかもしれない
しばらく考えた後に私は
彼女の無意識にうったえるしかないと結論づけた
楽しい会話の途中
20秒に一度の頻度で
0.01秒間の「食べカス!」というワードを挿し込み続け
彼女が無意識のうちに食べカスに気付くように仕向ける
サブリミナル大作戦である
「昔は春日部のあたりまで海だったらしくてですね(タベカス!)
今では内陸である場所からクジラの化石が出ることもあるんですよ(タベカス!)」
するとどうだろう
彼女が次第にモジモジし始めたではないか
食べカスに気付いて恥ずかしくなってきたのだろうか
「成功か。。。?」
と思ったのも束の間
彼女は勢いよく立ち上がると
「そんなことよりタコスが食べたい!」
と言い放ち、そのまま店を飛び出してしまった
どうやら0.01秒に圧縮したことで舌が回らなかったようで
「食べカス!」ではなく「タコス!」と言ってしまっていたらしい
初歩的なミスを後悔してもすでに遅く
彼女とはそれっきり連絡がつかなくなってしまった
私は毎日彼女を思い出した
お好み焼きを熱そうに食べる息づかいも
時折楽しそうに笑う彼女の声も
私の頭と胸に焼き付いて
どうにも離れていかないのだ
3年後
川口のSKIPシティ多目的ホールに女子プロレスを見に行ったその日
本場仕込みの華麗な空中殺法で鮮烈なデビューを果たした覆面レスラーがいた
試合後の勝利者インタビューを聴いていた私は
記憶に鮮明に焼き付いたままのその声に耳を奪われた
そう、3年前に店を飛び出したきり会うことのなかった彼女である
3年前、急にタコスが食べたくなってメキシコへ飛んだこと
お金がなくなるまでタコスを食べ続け
それでもまだタコスが食べたくて無銭飲食をして捕まったこと
その店のオーナーがメキシコのプロレスであるルチャ・リブレの団体のスポンサーであったこと
そこから厳しい修行に耐え一人前のレスラーとしてつい最近帰国したこと
私のサブリミナル大作戦は
立派なレスラーを育ててしまったようである
私は決意した
これからは私が彼女を支えよう
3年間苦労してきた彼女に
安らげる場所を作ってあげたい
彼女がリングから降りたら
すぐにこの想いを伝えに行こう
3年間ずっと温めてきた
愛の言葉を届けたい
インタビューが恋の話に及ぶと
彼女は爽やかに言い放った
「今はプロレスに恋してますんで、恋人は要りません!」
こうして私の初恋は終わりをむかえた
会場の歓声にこたえる彼女の口もとには
あの日のかつお節が
まだこびりついていたのだった