ボツネタ


あまりに疲れていたせいか

電車に乗ってすぐウトウトし始めて

ビクッ!となって目が覚めた

あちゃー恥ずかしい!

と思うのは素人の発想だ

1回だけビクッ!となるから恥ずかしいのであって

周囲の人々が

「あれ?ビクッ!となっているほうがひょっとして正解なのかな?」

と思い始めるまで

ずっとビクッ!としていれば良いだけのこと


私は全身のバネを最大限に発揮して自らの体を跳ね上げ続けた

ビクッ!

ビクッ!

よし、いい感じだ!

昨晩食べた麻婆豆腐のおかげか

今日は体がとても軽い

ビクッ!

ビクッ!

軽快なリズムを刻みながら

釣り上げられた直後のブリのように

私は体を跳ね上げ続ける

新宿に用事があったことも忘れ

始発の和光市駅から夢中でビクッ!ビクッ!と繰り返しているうちに

気付けば終点まで来ていた

ずっと目を閉じていたから気付かなかったが

私に感化され「そっちが正解なのか?」と思い始めた人々が

ひとり、またひとりと体を跳ね上げ始めた結果

元町・中華街駅に到着した地下鉄副都心線3号車の中は

全員がビクッ!ビクッ!を繰り返す異様な光景となっていた

折り返しの始発を待っていた乗客たちから悲鳴が上がり

駅のホームに緊急事態を告げるアナウンスが鳴り響き

駅員が駆けつけ

たくさんの救急車も集まってきた

大惨事だ!


私は素知らぬ顔で電車を降り

パニックになった人でごった返す中華街方面を避け

元町方面5番出口から地上へと出た

全身運動で汗ばんだ体に風が実に気持ちいい

石川町方面から迂回して中華街へと入った私は

蒸かしたての豚まんを頬張りながらスマホでニュース速報を見た

「毒物か!?地下鉄の乗客全員が謎の痙攣、駅は大パニック」


私は当初の目的が達成されたことを確認し

小さくガッツポーズをした

ミッションコンプリート!なのだ

ボツネタ


娘が結婚することになり

今日は両家顔合わせのため

有楽町の中華料理店を訪れている

初めて会う相手に緊張しながら食べたせいか

おつまみに出されたアーモンド小魚の小魚が歯茎に刺さってしまってずっと痛い

とはいえ今日は大切な日

口の中に指を突っ込んで小魚を引き抜くなんて醜いまねはできないのだ

仕方なく痛みをこらえてコース料理を食べすすめていたのだが

あまりにも痛いし口の中に妙な違和感もあり

こらえきれずに席を立ちトイレへと向かった


最初に小魚が刺さってから約3時間

こんなに我慢しなければよかったと

トイレの流し台で指を口に突っ込んでみたその時

私は驚きと恐怖におののいた

ビチビチビチビチ!

「い、、、生きてる!」

乾燥して仮死状態になっていた小魚が

私の口の中の水分を吸収し蘇生しているではないか!

鮮度を保ったまま乾燥させることを追い求めた企業努力の結果

マッドサイエンティストの領域まで達してしまった日本企業の底力に感服した

日本のサラリーマン、勤勉過ぎるよ!

ふと浮かんだ好奇心に刺激された私は席に戻り

テーブルの上に食べないまま残されたアーモンド小魚数袋をヘラヘラしながら回収し

再びトイレへ戻ると水をためた流し台のなかにぶちまけた

そしてたった1人

微動だにせず

ただひたすらにじっとそれを見つめていた


3時間後

流し台の中では蘇生したたくさんの小魚がビチビチと跳ね回っている

思ったとおりだ!

ジャパン!イズ!バック!

日本企業って本当にすごい!

好奇心が満たされた私はそっと流し台の栓を抜き

小魚たちを下水道へと流してさっさと帰宅した

片付けるのが面倒くさかったのだ


しかしこの時の私は何もわかっていなかった

アーモンド小魚に使われるカタクチイワシは

毎年たくさん生まれては

大量に他の生物に食べられることによって生態系を支えている存在である

1尾あたりが1年で5万個の卵を産む彼らの繁殖能力は凄まじく

天敵のいない下水道で繁殖を繰り返した彼らは

ちょっと計算は省略するが

5000兆匹の大軍団へと成長し

川を埋め尽くして海へと出た


5000兆匹のカタクチイワシの体積によって

ここも細かい計算は省略するが

海面は8000メートル上昇し

エベレストの頂上以外、全世界沈没!

都市や人工物はもちろん

大陸も山々も全てが海の底に沈み

戦争の危機も

原油の値上がりの心配も

文字通り、水に流されてしまったのだ


ボツネタ


社会に出たばかりの頃

学歴も知識も経験も

何もなかった私は

何者かにならなければならないと

毎日必死だった


毎日帰宅は日付が変わってから

急に休日出勤になることも多く

体はボロボロ

同級生からの遊びの誘いも断り続け

それでも「何者かになる」という意思によって

体力の続く限り走り続けた


しかし振り返ってみれば

そもそも何者かになる、などということは必要なかった

現在から過去を振り返れば

精子と卵子が出会った瞬間まで

今の私を形成する様々な要素は

1本の道としてつながっているのだが

過去から現在を眺めれば

そこには

選ばなかった道

気付きもしなかった道が無数に存在し

それら何万もの「実現しなかった私」の可能性の中から

現在の私は存在している

私が私である必然性など何もない代わりに

観測すらもできないほどの偶然性の結果として私がいるのであれば

私は「何者かになる」以前に

もうすでに私であるのだ

「何者かになる」という努力など

そもそも意味がなかったのかもしれない

疲れ果てて仕事をやめ

家族にも見放されバイトを転々とする今になって

こんなことにやっと気付くとは

人は愚かなものだ


それはそうとさっきから

信号待ちの対向車のライトが眩しい

眩しくて眩しくて

現在から未来の可能性の海を眺めるがごとく

私の視界は奪われ

目の前のものが見えなくなっていく

私は深いため息を2つつき

ダッシュボードからコルトパイソンマグナムを取り出した

ゆっくりと窓を開け狙いを定め

対向車のライトを2つ撃ち抜いた

轟音とともに衝撃が腕に走り

やがてパトカーのサイレンが鳴り響き

私は逮捕された


何者かになりたくて走り続け

何者にもならずに生きてきた私は

こうして

「犯罪者」になったのだ


バイトの面接で提出するはずだった履歴書の「長所」の欄に書かれた「我慢強い」という文字がなんだか皮肉に思えた

今宵も月が綺麗です