アメリカでの記憶

シアトルのダウンタウンが一望できる有名なガスパークス
シアトルに戻ってきてすこし当時の思考がよみがえってきたのでメモ代わりにサクッと。
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thinkingをもっと意識してasking myselfであると認識する。
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認識は比較とイコールで結ばれる。
アメリカに来て当時とても貴重、大事だったと思った思考はwho I am を強く認識できたこと、特にJapaneseであること。
例えば、もしこの地球上に自分しか人間がいなければ、自分が何者なのか、たとえ人間とは何なのかすら認識することはできない。
アダムとイブのように、アダムが自分と同じ形の、匂いの、雰囲気の生き物(イブ)に初めて出会ったときに、自分と彼女を比較し自分は背が高くて、力が強くて、少し違う体のパーツがあることを知り自分を認識できたように、自分もアメリカに来て初めて日本人であることを肌で感じた。
アメリカに来るまでの日本にいた19年間で自分が日本人であることはいろいろなメディアからの情報のおかげで知ることはできたが、実際に外に出てみないと肌で感じることはできない。
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アメリカに来て「変」が「違」に変わったのは大きな財産。
誰もその国の文化を批判したり、評価することは出来ない、なぜならそこにあるのは「変」ではなくて「違」であるから。
+*+*+*+*+*+*+*+*+*+【世界一のコトバ】*+*+*+*+*+*+*+*+*+*
チャーリー・チャップリン
「Life is a tragedy when seen in close-up, but a comedy in long-shot.」
(人生はクローズアップで見れば悲劇 ロングショットで見れば喜劇)
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世界一、俺はシアワセもん。