教育について~担任の教師~ | 世界一、俺はシアワセもん

教育について~担任の教師~

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今日CNNニュースでアメリカのいじめ問題のニュースを見て思った「日本の教育システムが持つ担任の教師の役割」についての自分の思考を書きたいと思う。


CNNニュース「How one school stops the bullying cycle」
http://www.cnn.com/video/?/video/us/2010/04/04/bpr.ca.tapia.quake.cnn

シアトルで留学していた時に、幸運なことにたまたま地元の高校に訪れる機会があった。 最初の日記でも少しふれたように、その時は高校生の日本とは比べものにはならないような自由さ、そしてもう一つ自分が驚いたことの一つに、アメリカの学校では(もしかしたら州によっては異なる可能性もあるが)担任の先生がいないということだ。


これには本当に驚いた、なぜなら自分が思うに日本における担任の先生という立場は生徒にとってとても重要な役割を占めているからだ。

もし自分が日本で教師になるのであれば、自分が担当している特定の分野ではなく、担任の先生として生徒がこれから将来生きていく中で国語、算数、理科、社会では学べないもっと大切なものを生徒に教えたいと思うし、そこに自分の教師としてのパッションがある気がする。

自分が小学校の時に好きだった担任の先生の口癖は「現状に満足しない」だった。

彼女から学んだことは本当に沢山あり、当時は厳しすぎて好きではなかったが今思うと本当に教育者として常にプロフェッショナルだった。

本題に戻ると、いじめ問題も子供たちになぜいけないのか、何がいけないのかを教師がしっかりと生徒に理解させる必要がある。 

人間は教育なしでは「殺人」すらしてはいけないということも認識できない動物らしい。つまり本能でそのことがインプットされていない。

唯一、地球上の動物でそのことを本能的に認識しているのは「ゴリラ」だけらしい。

いじめの問題でも生徒に「いじめはいけないこと」というのを教育で彼らの脳にインプットさせなきゃいけない。


道徳教育というポイントからすると、日本の教育システムが持つ「担任の教師」という立場役割は、インターネットの普及によって引き起こされる人間関係の複雑化や暴力化する日本社会にとってますます重要な役割になるだろう。



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