youthful days -45ページ目

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大学に入って

2ヶ月。

やっと「友達」と呼べる

友達が一人出来ました。


同じ学部の女の子なんですが


リアル「猟奇的な彼女」


顔の可愛さと

性格のギャップがすごい。
見た目おっとり系のお嬢様やのに


すぐ
「死ね」「アイツ嫌い」「ねむたい」

って言う。

「ねむたい」はまぁいいか。


更には僕が

ボーっとしてたら

不意に顔面にパンチ

執拗なまでのデコピン。

たまにからかったらビンタ返ってくる。


Mになっちまいそう。


周りには

全くもって居ないタイプの女の子なので

すごく新鮮。

ただ、可愛らしい女の子の顔をしてるだけで

中にオッサンが入ってるんじゃないかと思う時が度々。


先日その子が
「マクド全然行ったことないから行きたい」
って言い出したので

マクドまで

僕の自転車で

二人乗り


なぜかオレが後ろ。


ちゃんっちゃらおかしい。


二人乗りは男が前やろがぁ!!





と、そんなこんなで

僕のオレンジデイズは

人より少し遅れて

始まりました。

疑問




人があらゆることに抱く
「疑問」は


24才で止まり


それ以降は

それまで貯えた「疑問」を

ずっと考えるらしいよ。

だから
今の内に色んなことに疑問を持ってみましょう。

ま、24才以降でも

「疑問」が減少するワケではないので

それまで構築した「疑問」を基盤に

新たな「疑問」が築いていくかも知れないですけど。



そんな僕も

今日また新たな疑問を。

・なぜ老人は花を育てるのか

・大抵の人が「人と同じは嫌だ」と考えるのに、なぜ「普通の人なら…」という表現があるのか

・もし人間が永遠の命なら、人間はどのような生活・人生を送り、どのような文明を築くのか。


・AV女優になる人の心境とその親の心境

・人種差別の始まりはいつか



と数えてみると

意外と少ない。

普段、人はいつも何かを考えているようで

案外考えていない。

考えているように錯覚するのは

たぶん

どこで何をしてても

脳は五感からの情報を

処理しているからかな。
その情報について考えることは

「考える」とは言えない。
日頃僕らが「考える」と理解している行為は

どちらかと言うと「思う」に近い。

そう考えると

アインシュタインでさえ

脳の三分の一しか

使ってなかったと言うのは

妥当と思えるね。




ん~と

収拾がつかなくなってきたので

この辺で。

素晴らしき、この世界。

今晩は



みぞと

こにすと

メリケンパークで夜を明かすことになりそうです。


海を見てると

色んなこと考えることが出来て

なんか気持ちいい。