Desperado | youthful days

Desperado

「楽しく生きてれば地球の重力なんてなくしてしまえるんだ」
―重力ピエロ(伊坂幸太郎)―


最近体が重いのは

楽しく生きれてないからでしょうか。


最近特に人付き合いが嫌い。

もう誰が他人か友達か親友か

曖昧。

前は基準はなくとも

ちゃんと境界線が引かれ

ヒエラルキーがあったのに

今じゃ一つの球体。

カテゴリーは「人間」だけ。


もう昔のように

楽しいかどうかだけで

付き合いを選べないのか。

それはそれでいいように思えるけど

実際はもっと酷い。

他人に対して何も思わななくなった。

人間という生物自体には興味があるけど

名前により識別された個々の存在には興味がない。


願わくば利用出来ぬものかと

そんな風に人を見ている。

他人もきっとそう見ているに違いないと思いたい。



考えれば考える程に

身の回りの

人間関係は薄く浅く感じる。

元より薄いのか

考えることにより薄くなるのか。


浅く広い交友関係という表現はよく聞くが

僕の場合は浅く狭くだろうね。


他人のすべての言葉が社交辞令に聞こえ

他人のすべての行動が利己に見える。

街を行き交う人々は

張りぼてか描かれた背景にしか見えず

友達や親友であっても

設定の決まっている

ゲームのキャラクターのように感じる。

かと言って自分はそのゲームの主人公ではなく

ただの視点でしかないような気がする。



サークル仲間と騒いでいても虚しく、

孤独感は一人で居るときよりも大きい。


壁一面に貼った今までの写真は

僕を追い詰める。

写真の色んな人の笑顔も

作り物なのかと思うと

苦笑いが出る。


中高からの

親友たちと会っても

最近じゃ壁を感じる。

きっと僕が作ったんだろう。




人の事を考えようとすればする程に

人が信じられなくなる。



こんなはずじゃなかった。

僕は一体どこに向かってるんだろうか。


tumbling down
tumbling down
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