悦楽を超えて悲哀 | youthful days

悦楽を超えて悲哀

「激しい快楽の後には激しい悲哀が伴う」

とエピクロスは言いました。

エピクロスやったっけな。

ま いいか。


昨日

先輩に半強制的に、

そして半自主的に

キンダムハーツを買いました。

試験真っ只中であることは

言うまでもない。


ついPSPに伸びる手を

唇を噛んでやりすごしてます。

28日までやらんとこ。


焦らしたり焦らされたり

大好きやわ。


Mなんかな俺。


_| ̄|〇



自分のMを認めるということは

自分に対する自分のSを認めることである。

すなわちSとMとは表裏一体の存在で

SとMだけで個人を両断することは

不可能である。

しかし「では究極にSな人はMなのか」という話になると

矛盾が生じる。


矛盾が生じるということは理論に辻褄があっていないということ。


Sだけを持つAタイプの人間

Mと呼称されるが、自分に対するSを持つBタイプの人間

という風に分ければいいのではないか。

僕の経験上、僕も含め世間一般的にはBタイプが大方を占めていると思われる。


そもそもSとM

大きく2つに分けるには

人間の精神は大きく広すぎるのではないだろうか。

例えばAタイプとBタイプと人間をいくつかに分けた上で

SとMを更に分類する必要がある


と甲南大学人間科学科の

今市陽太氏は主張する。



ま いま卒検やねんけどね。

1ヶ月振りやから落ちたかも知れないな。


ズレた間の悪さも~
それは君の~
タ イ ミ ン グ!!


ビビアン・スーは絶世の美女です。