物語りもこの辺まで来ると、ヒロって誰だったっけ?ということになりそうだが、月日というのは絶望的なまでに残酷であり、彼の影は現世からほとんど消えつつあった。当時6歳であった弘美は、優のことを父だと思っていたし、美嘉も弘美の前では優のことをいつも「パパ」と呼んでいた。彼女は人生の厳しい試練に耐え抜いて、ついに幸福を勝ち取ったかに見えた。

しかし、人生そう甘くはない。

この幸福にほころびが見え始めたのは、2年後、美嘉は29歳だった。20代最後の年ということで、同年代の友人たちと随分羽目を外して遊んだ。それで、あるとき「数合わせ」ということで合コンに参加したのである。そこで出会ったユウジという男が、なんとなくヒロと面影が似ていたらしい。こういった場合、顔全体が似ているということはほとんどなく、目や鼻といったパーツが似ているとか、または本人の単なる思い込みといったケースが多く、ユウジが実際どの程度ヒロに似ていたかは極めて疑わしいのだが、とにかくビビッときてしまったのは確かなようだ。

こうなると美嘉は歯止めが利かない。家庭のことなど忘れて、どんどん彼にのめりこんでいった。一番悪かったのは、彼が大手企業役員の息子で、大変裕福だったことだ。彼はデートのたびに、美嘉にゴージャスな貢物を与えた。洋服、バッグ、腕時計、彼女が身につけるものが次第に高級品に変わっていった。ちなみに、彼女は高校ぐらいまでは普通程度の容姿で通っていたが、大学に入った頃から次第に艶っぽくなり、男をひきつけるようになっていた(そんな状況で今まで結婚したがる男がいなかったのは、繰り返しになるが家庭の事情による)。ユウジというこの男も美嘉にぞっこんだったようだ。

ユウジの甘い誘いに、美嘉がためらうこともしばしばあったらしいが、彼には殺し文句があった。

「俺たちの人生これからじゃないか。楽しまなきゃ損だぜ。」

美嘉は心も身も、快楽と贅沢に蝕まれていく。


(つづく)