遺言状を見て激高したのは言うまでもない、シャルルだった。彼からするとまさに寝耳に水のことだったに違いない。だが、私はその頃母が一人で悲しそうに遠くを見ているのをよく見かけていた。今から思えば、母なりに潮時というのを感じていたのだろう。もしかすると自分の死期すら悟っていたのかもしれない。それまでに少しでも多くの財産を我々に残そうとして、ああなってしまったのではないかと、それを思うたびに胸が痛む。

私は三人兄弟の末っ子で、腕っ節も盗賊としての経験も二人の兄に遠く及ばなかったが、計算をしたりものを覚えたりするのは得意だった。私が10歳の頃、いずれ学校に通わせてやりたいと母が言っていたと、じいさんから口伝えで聞いたことがある。痩せっぽちのひ弱と、二人の兄にはよくからかわれたものだが、彼らも心の中では私に盗賊から足を洗って、才能を生かした職についてほしかったのだと思う。

これからのことについて、シャルルを新しい頭として、アブドゥル、イアン、チャーリーは一家の存続を訴えたが、次男のルイ、ロン、ケン、そしてじいさんは、母の遺言を守るべきだと言った。私は正直、決めかねていた。やがて一家全体で口論になり、その日は話がつかなかった。

その夜のことである。ルイが寝ている私をそっと起こし、身支度をするよう言った。我々はいつも普段着で寝ていたし、持ち物もコップやナイフといった小物ばかりで、ものの10分ですべてズタ袋に収めることができた。納屋を出るとルイが立っており、すぐにここを出て町へ行けと言われた。私が黙っていると、彼はポケットから金貨の袋を出して、これがお前の取り分となるはずの金だから、これを元手に足を洗えと言った。どうみてもその金は私の取り分よりずっと多かった。結局有無を言わさず袋を押し付けられ、私は町へ歩いた。

朝6時、スラッグ渓谷から出る汽車に乗って私はロンドンへ向かい、そこでアパートを借りて事務員の仕事を見つけた。結局大学には入れなかったが、雇い主は親切で環境もよく、私は幸せだった。

ドーラ一家が逮捕されたのを知ったのは私がここに来て3年後のことであった。ルイから電報があり、3年ぶりに再会を果たした。あの後ルイを含む4人はドーラ一家を離脱し足を洗ったが、シャルルたちは4人で強盗団を続けていたらしい。が、渓谷のアジトを警察が突き止めて今回御用となったそうだ。4人になってから、随分人も殺したらしい。2年後、全員死刑宣告を受けた。私はどうしてもシャルルたちに一目会いたいと言ったが、ルイが止めろといってきかなかった。

今日でその兄が死刑になってちょうど5年になる。私は飲んだくれの友人とともにロンドンの酒場にいる。彼がロンドンに出てきたのは3年ほど前のことだったそうだが、再会したのはつい先日だ。ひどい身なりで食うにも困ってるが、酒がどうにも手放せないらしい。私と飲むと、いつもベロンベロンに酔って寝てしまい、うわごとのように昔のガールフレンドの名前を呼んでいる。




パズーである。

(つづく)