私の兄がとても落ち着きのない子供だったとかで、床屋のおやじさんに「そんなにちょろちょろしていると耳をちょん切る」と脅されたとのこと。
それ以来母は、子ども達の頭を試行錯誤をくりかえしながら整えてきてくれたのでした。
そのうちに技術的にも向上してきたことから、「むしろ金がかからなくていいや」となって、家族全員床屋に行くという習慣が消えうせてしまったというのが事の真相です。
大学に入って親元から離れていたときも、長期休業で帰省した時に切ってもらえばそれほど不都合はありませんでしたので、床屋というものが私の生活習慣の中に入り込んでくることはなかったのです。
しかし、大学一年の時に友人にそそのかされて「人の行く床屋というものに、我も行ってみんとす」と、近所の店を訪ねました。
なるほど設備が整っている他は、ちょきちょき髪の毛を切ってくれるところまでは母と同じでした。
ところがその後、「ちょっと失礼します」と声をかけた理容師さんがやおら私の頭をつかむと、ぐいと洗面台に運び入れました。
正直驚愕しました。
何のことはなくジャージャーと頭を洗ってもらっただけでした。「すみません。」小さな声でお礼を述べると、「はぁ?」と怪訝そうな返事です。何を言っているんだろうといった感じでした。
床屋は髪を切っては頭を洗い、その後顔を剃って鼻毛を切ったり、耳を掃除して肩を揉んではタバコやコーヒーを出すのが常識です。そうです。忙しいのです。いちいち頭を洗うたび「すみません」などとお礼を述べられて、その都度「いいえどういたしまして」なんて言っていたことはなかったに違いありません。
うかつでした。床屋初心者を見抜かれた瞬間です。
床屋 3に続く