(第156回 カルトなお店(2) -大阪編-)






 所要で仙台に行った。仙台には仙台牛というブランド牛があり、個人的には好きな肉だ。この牛については今みたいに東京でポピュラーになる前から知っていた。と、いうのは赤坂に「燻」という非常にマニュアックで高級なダイニングバーがあり、そこのうりが店主が当時全国で48軒しかない指定提供店の難関を突破して提供する仙台牛だったからだ。値段もそれなりに高く店主の蘊蓄も大変なもので、仙台牛は非常にエクスクルーシブなブランド牛かと長らく思い込んでいた。そんなある日、近所のスーパーオオゼキで仙台牛と記されたパックが大量に置かれている光景に出くわした。おっ、お宝発見とさっそくパックを手にしたのだが、ラベルに記されていた文字はJA。つまり、全国農業協同組合連合会。これにはしらけた。ちなみに、松阪牛のパックには三重県松坂食肉公社と記されていて、こちらはいかにもという感じで雰囲気だ。





 JAは巨大組織で、たしかに生産者や販売店からみればへっへーとひれ伏す大変な存在だ。でも、都会の消費者からみれば何でも扱っている全国組織の単なる農協というブランドイメージしかない。何千円どころか何万円も払って買う高級ブランド牛が何十円の胡瓜と同じマークであるというのはどうにもふに落ちない。なお、仙台牛の商標権は地元の生産者組合でなくJAが押さえている。

 はなしはもどって、仙台で贅沢をしようと炭焼きがうりの老舗のステーキハウスに仙台牛のステーキを食べに行った。地方だから安く食べれるかと思ったら大間違いで、ステーキだけで1万円近くし結局一人で1万5千円ほど払うことになった。ステーキの肉質はいいのだが、焼きの技術やその他の料理を考えると、価格対内容比は東京よりはるかに低い。さて、そのお店。テーブルにはファミレスみたいな写真満載のメニュウがあらかじめ置かれており、メニュウにはこれまたファミレスみたいにいろんな料理が満載され、1200円の定食もある。そんな中に小人の国のガリバーみたいに高額なステーキが鎮座している。これまたしらける。




 ドイツのBMW。乗ったことがある人はわかるだろうが、各シリーズ間で質感や走り、デザインにおいて共通点があり、一番高い6シリーズの後に一番安い1シリーズに乗り直しても何の違和感もストレスも感じない。一方、トヨタではカローラとセルシオは明らかに別の車で共通点を見つけるのが困難だ。レクサスというブランドは、アメリカでの名声を逆輸入したと思われているが、何でもありのトヨタのブランドイメージでは高級車の分野においてベンツやBMWにもはや対抗できないと考えたのが真相かも知れない。




 仙台牛は地元の組合がJAに委ねたらしく、天下のJAなんだからその名前で売るのが間違いないと思っているかも知れない。ステーキハウスはステーキが1万円しても、原価率からすれば1200円の定食をいくつか売ったほうが実入りがいいので、ステーキの値段を特別なものだとは思ってないのかも知れない。

 でも、客からすればグラム1000円以上する牛肉や一枚1万円近くするステーキはやはり特別なはれのものだ。清水の舞台から飛び下りるつもりで金を投じるのが普通で、買うにしろ食べるにしろ特別な気分にしてほしい。生産者もステーキハウスもこの客の心理を理解していない。高いものを売るにはそれなりの演出も必要なことを忘れてはいけない。

                 -蔵文-

 今回取り上げる大阪の「蔵文」はそんな不満を感じているステーキ愛好家は絶対に行くべき店だ。ステーキは100グラム6300円からだから、ちょっと多めにカットしてもらって前菜やワインも頼めば1人2万円はいく。東京の高級ステーキではこれだけの内容のものはこの価格では到底無理だから、価格体内容比からいうととてもお得だが、絶対的な価格は高級だ。ちょっと贅沢したいようなはれの気分で行く店だ。

 いわば高級な店なのだが、ありがちな例えば玄関にポーターが控えているとか、ふわふわのソファーのウエィティングルームがあるといったような、豪華絢爛なバブリーな高級さはそこにはない。




 席数が少ない!カウンターのみ11席しかない。肉は勿論ここのご主人が焼くわけで、ここに来た客は等しくこのご主人の技術を享受できることになる。カウンターといって、当然のことながらここは目の前でちゃかちゃかやる鉄板焼きではない。肉はカウンターの中のキッチンで丁寧に焼かれる。

 僕が考える高級ステーキハウスの定石通りここでは焼き方は聞かれない。大体が、肉は個体によりコンデションが全部違うので、その肉に適し、それを一番美味しく食べれる焼き方があると考えるのが道理だ。そんなことは客にはわかる筈がなく、わかるのは毎日肉と接している料理人だけだ。だから、客に焼き方を聞くのはかえって不親切と考える。客もウエルダンというのは論外としても、何でもかんでも通ぶってワンパターンにベリ-レアーと叫ぶのも折角の美食の扉を自分で閉ざしているようなものだ。僕は一定以上の店の場合は焼き方を聞かれても「お任せで」と返すことにしている。ここで、かんばしい答えが返ってこないような店は見込みがない。



 さて、この店の最大の特徴は一見では入りにくいこと。と、いっても入り口が客を威圧するように立派なわけではない。入りにくいのは何よりもその立地にある。北新地というのは東京でいえば銀座のクラブ街のようなところらしいが、そんなクラブが入っている雑居ビルの3階にこの店はひっそりとある。何の変哲もない1枚のドア。看板を代えればそのままクラブの入り口として通用する。

 オープン以来、一見の飛び込み客は一人もいないというご主人の言葉も納得できるような佇まいだ。外観もそうだし、中を知れば知ったで、たった11席だと紹介がなければ入れないようなエクスクルーシブな店かと思ってしまう。かくいう僕はある本でこの店の存在を知ったのだが、子連れということもあり自分で電話して予約する勇気がなくアメックスに頼んで予約してもらった。



 だが、入ってみればとてもくつろげ、和気あいあいとした店だった。ご主人との会話も楽しい。息子さんと思われる助手も感じいい。味は文句なく天下一品。うちの家族はいままで食べたステーキで一番美味しかったと言っている。値段も高級とはいえ、昔クラフトの社長と行った「アラガワ」の3分の1ほどだ。言い忘れたが、ここのサラダはとても美味しい。お客が大きなペットボトルをもってきてドレッシングを分けてもらいにくるというのもわかる気がする。牛刺しやエスカルゴ、スープも美味しい。





 この店はいわゆる「○○産」というブランド牛を売り物にしていない。ご主人がその都度、手に入れられる最良のものを仕入れている。肉質をめぐってはよく肉屋と喧嘩をするというが、その気持ちはよくわかる。牛肉の価値はさしの入り具合で決まっているようだが、本当の味は火を入れて料理をして実際に食べてみないとわからない。さしが美しく入って、最初の一口はすごく美味しく、柔らかく感じても何口も食べるうちに脂が負担になって食べるのが苦痛になるような肉ははっきりいって失格だ。鉄分を感じるような赤身の美味さというのもあり、適度な歯ごたえが美味しさを引き出す肉もある。牛肉を芸術品のように崇めるのも結構だが、姿かたちにこだわるだけで、食べてなんぼのものということを忘れてもらっては困る。そういえば、以前この連載で紹介した今はなき浅草のステーキの名店「ノンノン牧場」のご主人もよく肉屋と喧嘩すると言ってたことを思い出した。

 とにかく、ここは一押しの店だ。ミシュラン式に言うとこの店のために大阪を訪れる価値のある店ということになる。実は僕は明日の高知への出張の帰りに羽田までの直行便をキャンセルして、電車に乗り換え大阪で途中下車してこの店に寄る。さきほど電話の向こうでご主人が「丁度、いい肉が入ってます。」と嬉しそうに言っていた。

 高いといってもクラブやそれどころかキャバクラで遊ぶよりはお金はかからない。クラブやキャバクラは星の数ほどあるが、現在、日本ではステーキハウス、それもまっとうなところは驚くほど少ない。そういった意味からもここに行く意味は十分ある。

(pooh-http://yoshi-pooh.la.coocan.jp/index.htm-)

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