”「大きな運が動き出す3月に向けて」…新しいスタートを切っていくあなたへ。”
母、兄、そして父が亡くなった。いつも食事のことを考えて、父が居る生活は、これまでの一人暮らしとは全く違っていた。正直、支度を終えると部屋に戻って眠っていたかった。去年の6月頃だったかな、父が夏頃に親父があんな事言ってたなと思うかも知れないぞと、食卓を挟んで会話した。8月暑い夏、夜中に父が胸が苦しいと救急車で病院に付き添った。検査結果は悪くなかったが、病院から帰った朝、おしっこが出ないと父が訴えた。数日は様子を見ながら過ごしたが、8月末に緊急入院になった。車椅子を押されて、廊下を遠ざかっていく父が、あーあ、こんな終わりかよ、呆気ないなと呟いた。
入院中は、コロナ感染対応で仕事をしている私は、父に会うことはできなかった。ただ、週末に父の好きなものを届けるだけの数週間だった。要介護の審査で、要約父に会えた。車椅子で廊下に出てくると、大きく両手を上げる父がいた。退院の日取りも決まり、慌ただしく書類を揃え、友人の助けがあって、老健にの入所が決まった。
そんな中、病院の当直医から電話があった。発熱しまして、コロナ感染です。
父の退院は、週単位で延期された。次に面会ができた時には、病室で見違えるほど痩せ細った父がいた。髭も伸びて、髪もボサボサで、口は真っ白になっていた。この間、担当の医者からは再三の要求にもかかわらず、説明はなかった。こんなひどい看護があるのかと、病院を恨んだ。
つづく
それは突然に
父との生活が始まって4ヶ月、それは突然やってきた
新年を迎えて2日目、父の食事を済ませ、洗濯物を終えて自室に戻ってベッドでゴロゴロしていると、下階から父の大きな声が聞こえた。
心配になって飛び起きて駆け降りると、部屋には人の気配がない。まさかと思って部屋を見て回っても、特に異常はない。
玄関に回ってサンダルを突っ掛けて外へ出ると、倉庫の前で父が立ち話をしている。
兄が亡くなって義姉は家を出たので90の父はいっぺんに家族を無くすのとになった。そんな父のことを心配して顔を出してくれた。
その子は、中学の頃親に頼まれてTDLへ連れて行ったこともある近所の娘さん、名前は里ちゃんとしておくか、まあ幼馴染である。引越しして20年以上たって、うちに立ち寄ったとき偶然兄の他界を知った。
2人並んで、写真撮ろう!
父は最近では珍しいほどの笑顔で、里と手を繋いで写真におさまった。あとで送るからおばちゃんのLINE教えて
少し遠回しに、里のお母さんのLINEを聞いたけど、里とその先に繋げるため、それは明らかに連絡先ゲットのための機転だったと思う。 写真をLINEしたあとおばちゃんからの返信、それから遅れて里からのLINE。嬉しくて、また良かったら連絡してと返信した。
2日して里からLINEがきた、隣街の役所に勤めてるから良かったら顔出してね 職場になんて用事もないのに顔出せるかよと思いながらも里からのLINEを喜んだ。
それから2週間の間に色々なことがあった。それは普通の出会いなら一年は掛かるだろう出来事が驚くような速度で起きた。




