フィリップ・コトラーの名前はビジネス・パーソンなら知らない人はいないと言ってもいいでしょう。
現代マーケティングの第一人者として、日本でも多くの著作が翻訳され、研究書が出版されています。
日本経済新聞の「私の履歴書」という月替わりの連載の昨年12月がコトラーでした。
私は毎日欠かさず読んでいましたが、1カ月の連載を通じ、「マーケティングは科学だ」という主張が通奏低音のように流れていたと思います。
最終日の12月31日に、次のようなことが書かれていました。
多くの人が学ぶ経済理論では消費者、仲介者、生産者それぞれの合理的行動を前提としているが、その妥当性には疑問符がついている。
新たな経済学は、行動経済学と命名されている。
実は行動経済学は「マーケティング」の別称にすぎない。
コトラーの言うように、行動経済学は人間の一見すると不合理のように見える行動に光を当てています。
2013年9月4日のこのブログで取り上げた、大竹文雄、田中沙織、佐倉統『脳の中の経済学』ディスカヴァー携書(2012年12月)もそのような研究の成果を元にしたものと言えるでしょう。
ここでは、マーケティングを専門としている電通の人たち(電通感性工学ユニット)による『そそるマーケティング』ダイヤモンド社(2011年7月)を参照してみましょう。
副題は、「ヒトは「脳内会話」で動いていた」です。
つまり、合理的行動としては説明できないような消費者の行動を、「脳内会話」という概念で説明しようという目論見です。
電通は広告会社ですから、人を惹きつけるような広告をクライアント(主に生産者、仲介者)に提案することが業務です。
しかし、「感性の時代」とか「価値観の多様化」が言われるようになって、効果的な広告の手がかりがなくなったのが実情のようです。
人間が外部の情報を取り込み、行動に至るプロセスは下図のように考えられます。
行動を決めるのは、人の脳内で生じる意味や価値です。
その意味や価値を生じさせるのが「脳内会話」です。
「脳内会話」とは、外からの情報が脳内にインプットされ、アクションというアウトプットに至るプロセスのことです。
脳の中には記憶として蓄積されている情報のストックがあります。
そこに五感(視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚)を通じて新たな情報(ニュース)がインプットされ、ストックとの間で相互作用が起きます。
この相互作用(ニュースとストックのコミュニケーション)を、「脳内会話」というわけです。
「脳内会話」のきっかけは、ニュースによってストックが動き始めることにあり、これを「発火」と呼びます。
広告は、「発火」を促すものでなければ目的を果たせません。
「発火」が起きるかどうかは、ストックの状態と、そのストックに対してどういうニュースが入ってきたかによると考えられます。
「脳内会話」を、ストックが「あるまとまったイメージや理解」を持っているか否か、ニュースとストックが同質か異質か、という2軸で分類すると下図のようになります。
冬季オリンピックがさまざまな話題を残して閉幕しましたが、「脳内会話」の例として「カーリング」が取り上げられています。
カーリング(curling)は、理詰めの試合展開から「氷上のチェス」とも呼ばれています。
2006年のトリノオリンピックで「チーム青森」が7位入賞という活躍を見せたことから、認知度が一挙に高まりました
今までイメージに乏しかったところ(断片的なストック)に、頭脳スポーツなど違う種類のニュースがインプットされ、「書き換え会話」が起きてスマートなスポーツというストックに転化しました。
ソチオリンピックでも、5位入賞という活躍でしたが、今度は「なるほど会話(構造的ストックへの同質ニュース)」が起きた人も多かったことと思います。
こうした視点で広告を眺めてみるのも面白いと思います。
(T)
