森昌子さんといく、早春バスツアー(報告 その3) | 新潟だより

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日記代わりに書いている「携帯写真短歌」を掲載しています。

 翌30日(土)は、朝6時過ぎまでまったく目が覚めなかった。よほど疲れていたのだろう。午前7時から朝食なので、慌てて風呂に入りに行った。寝覚めの温泉はまたかくべつだ。日本人にとって、この世の極楽のひとつだろう。もっとゆっくり浸かっていたかったが、朝食時間が近づいたので早々に上がった。朝食は温泉ホテルでよくあるバイキングだった。周りをみると、普段の朝食では絶対に食べないと思われる量をお皿に盛っている人が多く、おかしかった。前の席は福井県から来られたOさんだった。この方、大学生時代に雑誌記事のために昌子さんと対談したとのこと。「たまには休みをとって・・・」と昌子さんにいったところ、昌子さんは「ほらそうでしょう」とマネージャーの方を睨んだそうだ。当時、休みはまったくとれなかったのだろう。スターの生活は過酷だ。このOさん、「昌子ファンには人生経験ゆたかな人が多いのだから、おんがく工房に提言するような会があってもいいのでは」と語っていた。後で分かったことだが、Oさんは食品会社の社長さんだった。たしかに提言は多ければ多いほどいい。いろいろな可能性がみえてくるからだ。ただし、ファンは責任はとれないから、それを参考にして最終的には工房自身が決めればいい。決めたことに対しては、それがどんな内容であれ、私は全力で応援していきたい。

 ホテル出発は午前9時。玄関前に昌子さんの自家用車があったので、ファンと記念撮影した(写真)。まず向かった先は、武田信玄ゆかりの武田神社。そこで昌子さんと記念撮影する予定だったが、あいにくの雨で中止となった。昌子さんは晴れ女で有名だが、90人の中にはかなりの数、雨男・雨女がいるはずだから、多勢のマイナスに、昌子さんのプラスが負けてしまったのだろう。駐車場にバスが停まってしばらくすると昌子さんが車で到着し、各バスに挨拶に来た。40周年記念コンサートで使っている「バスガールの制服」で。「この手があったか!」と、予測できなかった自分が悔しかったが、もちろんみなさん大喜びだった。

新潟だより-昌子さんの車とファン2
昌子さんの車とファン仲間

 雨のため、バスは参道入口まで移動し、そこで下車となった(写真)。昌子さんの車もあったので、一緒に参拝すると思い、しばらく待っていたのだが、なかなか出て来なかった。そこで、取りあえず先に参拝することにした。武田神社はそれほど大きくなかったが、信玄ゆかりの神社だけに格式の高さが感じられた(写真)。バスに戻ろうとしたとき、昌子さんが取り巻きに囲まれてようやく現われた。スタッフが「何が起こるかわかりませんから」といっていた訳がよくかった。それでまた神社に戻り、一緒にもう一度「ヒット祈願」のために参拝した。昌子さんは「二拝二拍手一拝」をよく知らなかったらしく、工房長が細かく指示を出していたのが微笑ましかった。その後、昌子さんはおみくじ引いていたようだ。その内容ないし昌子さんのコメントがおもしろかったようで、周りから笑いが起こっていた。その間、私は司会者の牧野さんと立ち話をしていた。牧野さんはステージ上では饒舌だが、普段は物静かな紳士だ。生まれは昭和28年8月とのこと。私より一歳先輩だが、同世代だった。これからも昌子さんのステージを大いに盛り上げてくれることだろう。

$新潟だより-武田神社
武田神社の参道入口

新潟だより-武田神社2
武田神社本殿

 本来は桃源郷を見学する予定だったが、あいにくの雨とまだ開花していないこともあり、バスは直接、河口湖近くのレストランに向かった。近づくにつれて雨はますます強くなり、ハーブガーデン「四季の香り」(http://www.shikinokaori.jp/)に到着する頃は大雨となった。レストランからは美しい富士が望めるはずだったが、次回のお楽しみとなってしまった。が、旅とはそういうものだ。完璧でない方がいい。2階のレストランは貸し切りで、みな事前に指定された席に着いた。そこでスタッフからNHK公開ラジオ放送の入場券のプレゼントがあった。しかし、枚数が限られていたことから、参加できる人の間で抽選となった。

$新潟だより-ハーブレストラン
NHK公開ラジオ放送入場券の抽選風景

 昼食のメニューは、ハーブ入りグリーンサラダ、ポークソテー、デザート、お茶だった。シェフによれば、主菜のポークソテーは、山梨産の豚肉だという。淡白で深い味わいと心地よい歯ごたえがすばらしかった。ソースはトマトベースだが、比較的あっさりしていて、地元の豚肉の味わいを引き立てていた。付け合わせは人参のグラッセ、さやいんげん、さらにマリーゴールドの小枝が添えられていた(写真)。昌子さんは肉は苦手なので、いったい何を食べるのか、私は興味津々だった。昨晩の集いでは末席だったが、今回は幸運にも昌子さんに一番近くて、かつよく見える席だった。私が食べ終えた頃、昌子さんの前に出されたのは、スパゲティとパンだった。

新潟だより-ポークソテー
主菜のポークソテー

 昌子さんがパスタを食べ始めた頃、食べ終えた工房長のSさんが椅子をもって私の隣にやってきた。開口いちばん、「昌子さんのマネージャーが高熱で休んでしまったので、代わりについていなければならず、みなさんとお話する時間がとれなくて申し訳ありませんでした」。工房長は、一泊二日の機会を利用してファンの思いや意見を聞いてみたかったのだろう。とても残念そうだった。「ヒゲが様になってきましたね」といったら、「この業界では私は若い方なので、貫禄をつけるために・・・」という返事。その言葉の裏に、関係者に中高年が多く、体質も古い音楽業界で奮戦している様子を察することができた。実際、40周年記念コンサートの営業には苦労したことだろう。2年前、「40周年記念コンサートを全国の40箇所で開催したい」といっていたが、さすがにそれは無理だった。しかし、関西以西でも何回か開催できたのは、大きな収穫だ。その数回のために、いったいどのくらいの営業努力があったことか。今後、今回蒔いた種が芽を出して、牛歩の歩みかもしれないが、着実に前進していくものと、私は信じている。
 短時間ではあったが、工房長から心強い発言がいくつもあった。特に「我々スタッフは、ファンの皆さまの代わりに、昌子さんを預かっているようなもの」「昌子さんは、紅白歌合戦に出場してはじめて、完全に復活したといえる」の2つは印象的だった。総合すれば、「再び紅白の舞台に立ち、ファンのみなさんに喜んでもらいたい」ということだろう。私からは、「いま大人が楽しめる叙情歌が求められているので、ぜひその追い風を生かして欲しい」とお願いした。今後も若き工房長の手腕に注目していきたい。もうひとつ、布施明さんと共演したときのエピソードも印象的だった。テレビ番組の収録では緊張しやすい昌子さんに対して布施さんは、「歌は聴く人の心に響いてはじめて価値があるのだから、細かい歌い方を気にし過ぎない方がいい」というようなアドバイスをしたとのこと。ベテラン歌手らしい、みごとなアドバイスだと思う。

 昼食後、武田神社でできなかった記念撮影があった。テーブルを動かし、一列だけ椅子を並べて3組に分けて撮影した。大人数だと動きが遅いので、私はさっさと空いている前の椅子のいちばん端に座った。前列中央に座った昌子さんは、バスガイド姿と笑顔がとてもかわいらしかった(写真)。「永遠のアイドル」とは彼女にこそふさわしい。撮影後、一階で買い物をしながらバスの出発を待っていたが、また二階に来て欲しいとのアナウンスがあった。何だろうと思って上がると、昌子さんの挨拶があるという。段取りが悪いのも「何が起こるかわかりませんから」のひとつだろう。いつものようにファンへの感謝と抱負を述べた挨拶があり、その後、握手会となった。一瞬たりとも笑顔を絶やすことなく、ひとりひとりの手を両手で握っていたところに、言葉以上にファンへの気持ちが現われていたように思う。これを最後に、昌子さんは仕事の都合で一足先に東京に戻った。

新潟だより-昌子ツアー記念写真
記念の集合写真

 バスは最後の訪問地、忍野八海(おしのはっかい)に向かった。雨は相変わらず強く、富士山は濃い霧の中だった。この地は、富士山の雪解け水が地中をゆっくり移動して、山麓にわき出しているところだ。八つの池があることから「八海」と呼ばれている。雨のため全部は回れなかったが、湧池(わくいけ)の傍らを通って、人工池に面する土産屋まで行ってきた(写真)。調べてみたら、忍野は大きな湖の一部だったらしい。それが西暦800年の富士山延暦噴火によって、山中湖と忍野湖に分断されたという。山中湖は残ったが、忍野湖は渇水して盆地となったとのこと。だから八海は、かつての忍野湖の名残ともいえる。残念ながら、数々の神秘的な池も目近に迫る壮大な富士の高嶺も、次回のお楽しみとなった。

新潟だより-忍野八海1
忍野八海「湧池」

新潟だより-忍野八海2
忍野八海「人工池」

 バスは、渋滞ぎみの中央自動車道には戻らず、御殿場経由で東名高速道路に入った。それが功を奏して予定通り午後6時ちょうどに品川駅に到着した。私は2日間お世話になったスタッフのFさんにお礼を述べ、旅の思い出を反芻しながら新潟への帰路についた。いい旅だった。

追伸:旅が終えて一週間もしない内に上記の記念写真および昌子女将との記念写真が届いた。後者で私の頭が少し欠けてしまったことに、Sさんはえらく気を遣い、二度も「申し訳ありません」と付箋に書いてあった。もちろん私は、自分の頭など見たくもないので、まったく気にならない。「Sさん、気にしなくてもいいですよ(^_^)」

新潟だより-昌子女将
昌子女将との記念撮影