昨日の療育で先生に金曜日の癇癪について伝えた。
やはり薬も検討しながら再度受診をしてみるのはどうかと言われた。

あれから旦那や精神科、カウンセリング、訪問看護
色んな方とお話してなんとなく理解は出来ている。

でも、まだ薬を「使う」か「使わない」か判断出来ないのは
「私」が納得できていないからだなと気付いた。

長男の障害受容(出来てるかはわからないけど)の過程と似ているなと思う。

だからあと一歩。

もうちょっとこのモヤモヤを整理したい。

紙にまとめてみた。
言語化するとストンと気持ちが落ち着いた。

モヤモヤ点
・今の年齢で薬を使うのは誰のためか?「私」が楽になるため?「本人」がらくになるため?
私の困り感を「障害のせい」にしてただ「私」が楽になりたいだけなんじゃないかという罪悪感。
まだちゃんとした診断をされていない状態で私自身の気持ちも宙ぶらりんなのも要因か。診断の有無ではなく本人や回りの困り感が問題ということは頭では理解しているが、「まだ年齢が小さいから診断はつかない」と言われ続けている状態での服用にも抵抗感があるのかも。
・外で頑張っている分の発散の意味合いもあるなら薬で押さえ込むことになってしまう可能性は?
・薬自体の知識不足。副作用や合う薬が見つかるまでの過程など良くわからないことが多い。調べてもよくわからない。

「私」が納得するためにしたいこと
・彼の特性など客観的、専門的な意見が聞きたい。
・薬についての基本的な知識が知りたい。
・薬を服用することのメリット、デメリットを知りたい。

年明けに療育の先生と話をしてみて道筋を掴みたい。