空っぽなのに重いもの? | ことばのチカラLite

空っぽなのに重いもの?

 『からなのに世界でもっとも重いものは何か、それは財布である』海外の格言は実に機知に富んでいるものが多い。その中でもユダヤの格言にはお金にまつわるものが多いのが特徴でもある。「からの財布」想像するだけでなんともいえない気分になるが、お金が入っても右から左へのO型の諸君であれば誰でも一度は経験済みではないか?

 誰にとってもお金持ちになることが幸せになることなのか?仕事で成功することが幸せなのか?それは確かに違う。人間には幸せを感じるアンテナが人それぞれ違い、ある人は人との交流に幸せを感じる。またある人は自分の意思の通り自由自在に生きることに幸せを感じる。趣味の世界、楽しいことに幸せを感じる人もいる。そして自分の力を認めてもらうことに幸せを感じる人はお金、成功にこだわっている。いろいろなタイプの幸せがあるのだ。

 願望は単にこころで願っているだけでは人には伝わらない。必ずこたえてくれるという期待をもって相手にお願いしてみるのである。その具体的な行動によって初めて相手に自分が求めているという意思とその具体的な内容が伝わる。特に「期限を区切った具体的な価値あるGoal」は人間を動かす不思議な力を持っている。意外にもそこまで具体的な願望を持っている人は少なく、意義ある人生を送りたいと誰でも思っているので、そのようなことが目の前にきたら結構すすんで協力してくれるものなのだ。
 また、幸福になるための黄金律に『何事でも、自分にしてもらいたいことは、ほかの人にもそのようにしなさい。』というものがある。
 すでに幸福になっている人にはそんなことは言われなくても自分で実践していることだろう。そう、幸福な人にはこの公式が生まれながらに遺伝子に組み込まれているのである。もしこの考え方に賛同できないとしてもこれが幸福になることの黄金律なのである。

 「からっぽの財布」は、幸せになるための公式にしたがって毎日を生きるだけで徐々にぎっしり詰まった財布に変わってくる。
 『求めよ、さらば与えられるであろう』あなたがお金を求めれば、それは札束でぎっしりとなる。あなたが自由を求めれば、厳しい世界で生き残る経験と実績で満たされ、人の交流を求めれば、それは友人や家族との親密な関係を築き、楽しい思い出でぎっしりとなる。