仮面 | ことばのチカラLite

仮面

 人前では無口でおとなしい彼が、少し様子がおかしい。目の前の相手を指差し、非常に興奮した口調で大声を出して罵っているのだ。言われた相手も売り言葉に買い言葉となってしまい、私が間に入ってもどうにも収拾がつきそうもない。そのうち相手はイスを振り上げたかと思うと、なんと彼めがけて勢いよく振り下ろしたではないか。

 後楽園ホールで見たプロレスのワンシーンだ。プロレスラーである彼はそんなことで怪我をする柔な身体はしていない。幼い頃、祖父と一緒によくテレビでプロレス中継を見ていたが、時代も変わったのか当時の流血シーンや残酷さは全くなく、最初の第3戦くらいまではまるでお笑い番組を見ているような内容だった。そしてそれはまたその意味で大いに楽しめた。
 単に相手を罵倒するトークではなく、演劇を観に来たのではないかと錯覚するほど緻密に構成されたシナリオどおりにトークの応酬が進行していく。ヒールに扮してわざと嫌われるようなことを言っていたが、その覆面の奥の素顔は全くの別人なのだ。

 「人間」と言う言葉は英語で”パーソン”というが、その語源となった”ペルソナ”という単語には「仮面」という意味があるそうだ。
 人間なら誰しも仮面を被って生きている。そういう自分も日常生活で本当の自分を晒けだして生きているわけではない。そんなことをしたら私などは犯罪者になってしまう。また仮面の中の本当の自分のことを知り尽くしているかというとそうでもない。他人のことはよくわかるが、自分のことになると意外にわからないものだ。何をしたいのか、なぜそうなのか。なぜ?なぜ?と聞いていくとすべてに確信をもっては答えられない。

 最後のメインイベントの盛り上がり方は尋常ではなかった。それまでの筋書き通りに動いているのが見えてしまう闘いとは迫力が違い、多くの人が真剣勝負だと信じた感動的な試合だった。
 まだメインを張れない、いわゆるインディーズに位置するレスラーたちが思い思いの仮面を被り、生き生きと自己表現していく姿を見て、この中のまた何分の一かがその延長線上でメインを張れる本当の自分で戦えるレスラーになっていくのではないかと感じた。
 我々ももしかするといろいろな仮面を被って楽しんでいく過程で仮面の下の本当の自分がわかってくるのかもしれない。