北海道に居た頃は、家の方針であまりテレビが見れなかったのと、方針が緩やかになっても当時の北海道は深夜番組が少なかった為、自然とラジオを聴く機会が増えた。ちなみに、大泉洋さんを擁するオフィスキューの会長の鈴井貴之さんは、劇団OOPARTSを率いる気鋭の演劇人として、既に北海道ローカルの深夜番組に出演されていた。
部屋でくつろぎながら、あるいはテスト勉強をしながらラジオを聴いている時は自分だけの世界に浸る事ができた。
また、リクエストコーナーでヒット曲等が流れるとそれをテープで録音して繰り返し聴いたりもしていた。
当時は色々なラジオ番組を聴いていたが、まずは北海道ローカルの番組の思い出を簡単にだが、書いて行きたいと思う。
まずはHBC(北海道放送、TBSの系列局)の番組で印象に残っているのは、北海道の邦楽ヒットチャートベストテンを月曜日から金曜日の夕方に毎日発表していた、『ベストテンほっかいどう』である。
小学生の時、テレビが見れなかった自分は、この番組のおかげでヒット曲を知る事ができた。特に何回も番組で流れて、今でも耳に残っているのは中島みゆきさんの『悪女』と、伊藤つかささんの『夕暮れ物語』である。
また、若手時代のアルフィーが歌ったジングルが、彼らが一流になってもそのまま使われていた。
自分が聴き始めた当時のパーソナリティは田中徳志郎アナウンサーで、軽快な語り口が印象的だったが、体調不良の為番組を降板し、残念な事に体調が回復されないまま亡くなられたとの事だった。
自分が高校に上がる頃、番組の放送時間が夕方から夜に変更になった。この時のパーソナリティで印象に残っているのは内藤克アナウンサーで、他局アナウンサーへの対抗心をむき出しにしていた。
このベストテンほっかいどう、なんと現在も週1で放送されているというから驚きである。
他のHBCの番組では、パーソナリティのアンナさんの迫真の艶技で北海道の中高生男子を釘付けにした、『ハニーズ洗脳学園』や、女子アナの方のちょこっとセクシーなボイスが印象的だった『ワイワイバイブレーション』が今でも記憶に残っている。(続く)
部屋でくつろぎながら、あるいはテスト勉強をしながらラジオを聴いている時は自分だけの世界に浸る事ができた。
また、リクエストコーナーでヒット曲等が流れるとそれをテープで録音して繰り返し聴いたりもしていた。
当時は色々なラジオ番組を聴いていたが、まずは北海道ローカルの番組の思い出を簡単にだが、書いて行きたいと思う。
まずはHBC(北海道放送、TBSの系列局)の番組で印象に残っているのは、北海道の邦楽ヒットチャートベストテンを月曜日から金曜日の夕方に毎日発表していた、『ベストテンほっかいどう』である。
小学生の時、テレビが見れなかった自分は、この番組のおかげでヒット曲を知る事ができた。特に何回も番組で流れて、今でも耳に残っているのは中島みゆきさんの『悪女』と、伊藤つかささんの『夕暮れ物語』である。
また、若手時代のアルフィーが歌ったジングルが、彼らが一流になってもそのまま使われていた。
自分が聴き始めた当時のパーソナリティは田中徳志郎アナウンサーで、軽快な語り口が印象的だったが、体調不良の為番組を降板し、残念な事に体調が回復されないまま亡くなられたとの事だった。
自分が高校に上がる頃、番組の放送時間が夕方から夜に変更になった。この時のパーソナリティで印象に残っているのは内藤克アナウンサーで、他局アナウンサーへの対抗心をむき出しにしていた。
このベストテンほっかいどう、なんと現在も週1で放送されているというから驚きである。
他のHBCの番組では、パーソナリティのアンナさんの迫真の艶技で北海道の中高生男子を釘付けにした、『ハニーズ洗脳学園』や、女子アナの方のちょこっとセクシーなボイスが印象的だった『ワイワイバイブレーション』が今でも記憶に残っている。(続く)





