前回の周産期外来の診察日からちょうど一週間の日。

この日は子供たちを託児所に預けて、夫と病院へ行きました。


自宅を出てくるとき、近所の友達にも作り笑い・・・託児所の先生にも作り笑い・・
必死でした。



この一週間はなかなか眠れず、相変わらず泣いてばかりでした。でもなんだかイライラしていたような気もします。穏やかでいられるはずないんだけど、でもなんていうか、
大切な我が子のことなのに逃げ出したいような気持ちでした。


赤ちゃん元気に動いているのかな?
苦しくないのかな?
これから赤ちゃんはどうしたいのかな?



考えても考えても、不安ばかり。
絶望的な情報も読んだので、もしかしたらダメかもってことも頭にはありました。


・・・診察室へ

看護師さんに案内されて超音波検査のベッドに横になりました。


すごく緊張しました。
みるのが怖かったのでしょう。


 


モニターに映された私の赤ちゃんは、動いていませんでした。





受けとめられないってこういう感じなのでしょうか・・・



数分して「もうひとりの先生にも診てもらいますからね」と言い、
別の先生も超音波で診察をしていました。


部屋はすごく静かで、誰も喋らずにただ赤ちゃんの様子を超音波で確認していました。
私は、止まっている赤ちゃんをみるのが辛くて、上を向きました。

夫は足元にいて、目が合ってコクンと頷いていました。
夫もモニターを見て理解したのでしょう。



前回の診察日からちょうど一週間目のこの日。
その間に赤ちゃんは亡くなりました。



・・・そういえば、お腹が痛い日があったのです。
なんかお腹が痛いんだよね
うんちじゃないの?
なんて夫と話していた日。

関係ないかもしれないけれど、もしかしたら赤ちゃんが苦しかった日だったのかなって
あとで夫と話しました。


前回の診察で、
頸部リンパ管膿腫(ヒグローマ)(システィックハイグローマという言い方もあるようです。)や染色体異常、心臓の異常、など可能性の段階として指摘されていたことが、

亡くなっていることがわかったこの日には、


胎児水腫


と言われました。



夫は何も言わず、その場で、ただただ抱きしめてくれました。



赤ちゃん、苦しかったよね
ごめんね
ごめんね
ごめんね
ごめんね・・・

この時はもうごめんねしかありませんでした。



先生に「赤ちゃんの写真きれいなやつください」と言ったら、
もういちど撮ってくれました。
まだその写真を見返すことができていません。


赤ちゃん、もう少しで写真見てあげれると思うから待っててね
お母さん弱虫でごめんね
クリニックの妊婦検診で指摘された心配を診てもらう為に


紹介された大学病院の周産期外来を受診しました


クリニックから予約を入れてもらっていたので
超音波検査をするベッドのある診察室へすぐに案内されました


はじめにモニターに映る赤ちゃんを見て

元気に動いてる
お願い!なんでもなかったって言って


と祈るような気持ちでした



12週の妊婦検診時に先生に赤ちゃんの心配を指摘されたときは


言おうか言わないか迷うくらいの症状
今後、むくみがなくなることもある
詳しく診てもらって何もなければそれで安心できるから



というようなことも言われていたので
大丈夫大丈夫って自分に言い聞かせていましたが
不安でいっぱいでした



・・・40~50分ほど超音波検査をしたでしょうか


すぐそこにある先生の表情は、結果が知れてしましそうでこわくて
見ることはできませんでした


検査が終わり隣の診察室へ移動しました




椅子に座り、
先生から言われたことは

現段階ではあくまで可能性であるが、

①頸部リンパ嚢腫(ヒグローマ)
   45XOターナ症候群(染色体異常の可能性)
   めずらしい

②胎児水腫
   全身の浮腫でお腹の中で亡くなる可能性がある

③心臓の異常



ということです

(診察室で私のメモ帳に記した記録そのままなので表記がおかしな箇所有り)


先生は難しい言葉を並べ、沢山の説明をしているけれど
全然頭に入ってきませんでした

病気ってひとつじゃないの
そんなにたくさん言わないで

こんなにたくさんの症状が赤ちゃんを苦しめているのかと思うと
胸が張り裂けそうでした


わかったのは


赤ちゃんは病気にかかり、生まれてきてもなんらかの疾患はある
このままお腹の中で亡くなってしまう可能性がある


ということでした



なんでなんでなんでなんでなんで
なんでこんなことになったのか
生きられないんですか?
治らないんですか?
でも生まれてくることもあるんですよね?


先生に投げつけたい質問が沢山あたまの中にあったけれど
しばらくなにも言葉がでませんでした


赤ちゃんがお腹の中で苦しい思いをしていたら
それだけは本当にかわいそうだと思いました
「赤ちゃんは苦しくないんですか?」
「それはないですよ」
一瞬だけホッとしたのを覚えています


この日は最後に、
赤ちゃんの病気の原因がウイルス感染によるものかを
調べるための血液検査をしました

サイトメガロウイルスパルポB19ウイルスに感染していたかを
調べ、

もしも陽性だった場合は
今後の赤ちゃんの経過にもよるが胎児に治療をすることもできる
と言われましたが

この治療はまだ症例が少なく、先生の言葉からもあまり積極的な感じを
受けませんでした

この血液検査に関しては、この日は何の理解もできぬまま
検査をしましたが
あとで意味が分かりました


先生からは、現段階ではすべて可能性であるという診断しかできず
生きられる確率や、今後赤ちゃんにこんなことが起こり得るというお話もされませんでした

のちに色々調べたら、同じように診断を受けた方は
亡くなる確率や中絶の話なども受けていたり
それはもう絶望的な内容ばかりで・・・

先生は私に伝えることもできたのでしょうが、あえて言わなかったのでしょうか
言ってくれたほうが苦しくなかった気もします

あきらめるわけじゃないけれど
辛くても赤ちゃんに関することはたくさん知りたかったです


この診断を受けて
わたしたちはこれからどうすればいいのか
赤ちゃんはこれからどうなってしまうの?
どこに気持ちを向かわせればいいのか
まったくわからない状態でした



診察室で何を話したのかは鮮明に覚えていないけれど
13時に診察に来て、17時近くになっていました

次は1週間後に診察予約をして帰宅しました


















三人目の妊娠がわかったのは



上二人とは違い「吐き気」からでした



前夜に、青森県から届いた新鮮なホタテとサンマの刺身を食べたので

はじめはそれがあたったのかと思いました



夫に何か症状があるか聞くと「いや特に・・・」っていうしシラー



少しして妊娠しているかもしれないと思ったわたしは検査薬を買いに



行きました






妊娠検査薬陽性反応!!





驚いたけどすごくうれしかったな





夫に報告すると・・・




「でも検査薬でしょ?信じない」



三人目もそれかい・・・99パーセント正確だよ?むっ




夫に早く病院での確かな診察結果を教えたくて数日後クリニックに行きました




夫も私も子供は三人欲しいというのが夢だったから




本当に三人目かあ ドキドキ




そんな気持ちでした




上の子をみながらの悪阻というのはけっこうしんどく



普段通っている児童館のクラブや公園、マンションの外にちょっと出るのでさえも億劫で


「お母さん外行こうよ~」

「ごめんお母さん気持ち悪い(||´Д`)o」


アンパンマンのDVDやNHKの幼児向け番組の録画を見せてごまかしていました



今 思えば つわりかキツかったのは女の子だったからかなはてなマーク
関係ないかあせる



長男のトイレについていくことも 次男のオムツ替えも

「牛乳のみたい」と言われ冷蔵庫に向かうことも

いつもならなんの苦もなくやっていることが

とても苦痛でした


でもそれが悪阻ですよね...



子供たちには本当に我慢をさせてしまったなあ



お母さんがずっと具合悪そうにしていてわけわからなかったよね



ちゃんと外遊びに連れていけなかったり美味しいご飯を作れなくて



イライラしてきつい言葉を言ってしまったり



ごめんね



毎日 自己嫌悪感でいっぱいでした



夫は 優しい言葉をかけてくれる性格ではないけれど



悪阻で家事が滞っても

美味しいご飯を作れなくても

子供たちを定時に寝かしつけられなくても



文句一つ言わず過ごしてくれました



つわり代わってよ オトコもしんどい思いをしろよプンプン

って何度も思っていましたけどっ