CD2
宗教的ジングシュピール『第一戒律の責務』(その2)
アリア『来たれ、汝ら恥じ知らぬ罪人たちよ』
『聖墓の音楽』
宗教的ジングシュピール『第一戒律の責務』(その2)
アリア『来たれ、汝ら恥じ知らぬ罪人たちよ』
『聖墓の音楽』
CD3
2部の宗教劇『救われたベトゥーリア』(その1)
2部の宗教劇『救われたベトゥーリア』(その1)
CD4
2部の宗教劇『救われたベトゥーリア』(その2)
2部の宗教劇『救われたベトゥーリア』(その2)
CD5
カンタータ『悔悟するダヴィデ』
カンタータ『悔悟するダヴィデ』
CD6
フリーメイスン小カンタータ『われらが喜びを高らかに告げよ』
弦楽のためのアダージョとフーガ ハ短調
リート『結社員の旅』
リート ヨハネ分団の儀式のための賛歌『おお、聖なる絆よ』
カンタータ『汝に宇宙の魂よ』
フリーメイスン葬送音楽 ハ短調
フリーメイスン分団の開会に寄せる合唱つきリート『親しき友よ、今日こそ』
フリーメイスン分団の閉会に寄せる合唱つきリート『汝ら、われらが新しき指導者よ』
カンタータ『フリーメイスンの喜び』
ドイツ語小カンタータ『無限なる宇宙の創造者を崇敬する我らが』
フリーメイスン歌曲『われら手に手をとって』
フリーメイスン小カンタータ『われらが喜びを高らかに告げよ』
弦楽のためのアダージョとフーガ ハ短調
リート『結社員の旅』
リート ヨハネ分団の儀式のための賛歌『おお、聖なる絆よ』
カンタータ『汝に宇宙の魂よ』
フリーメイスン葬送音楽 ハ短調
フリーメイスン分団の開会に寄せる合唱つきリート『親しき友よ、今日こそ』
フリーメイスン分団の閉会に寄せる合唱つきリート『汝ら、われらが新しき指導者よ』
カンタータ『フリーメイスンの喜び』
ドイツ語小カンタータ『無限なる宇宙の創造者を崇敬する我らが』
フリーメイスン歌曲『われら手に手をとって』
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モーツァルトの宗教音楽です。
この分野はやはり、聞き慣れないってこともあって、なかなか進みません。
でも、いかにも、ミサのためだけに作られた宗教音楽、という感じではなく、音楽的にも完成度が高いなーということを感じます。
暗さが漂うのではなく、キリストの教えに従った、明るいものがあるというか。
モーツァルトが作曲したからでしょうか。
でも、いかにも、ミサのためだけに作られた宗教音楽、という感じではなく、音楽的にも完成度が高いなーということを感じます。
暗さが漂うのではなく、キリストの教えに従った、明るいものがあるというか。
モーツァルトが作曲したからでしょうか。
前回はザルツブルク時代の作品を多くきいたのですが、今回はウィーン時代のものが多くなっています。
きょうの1曲:カンタータ『悔悟するダヴィデ』KV469 Margaret Marshall(ソプラノ)、Iris Vermillion(メゾソプラノ)、Hans-Peter Blochwitz(テノール) Sudfunk-Chor(合唱、uはウムラウト付きです、ほんとは) ネヴィル・マリナー指揮 シュツットガルト放送交響楽団 1.合唱(キリエ)・・・途中のソプラノ独唱が優雅、妻のために作ったとか 2.合唱(グローリア)・・・力強い響き 3.ソプラノのアリア(ラウダ・ムステ)・・・1曲目同様、妻のために作ったという、きれいなアリア 4.合唱(グラツィアス)・・・自分の境遇を哀れむように重い雰囲気 5.ソプラノ二重唱(ドミネ)・・・気持ちが内面から湧き上がってきて 6.テノールのアリア・・・やや重いが、途中でそこを抜け出したかのように明るく 7.合唱(クイ・トーリス)・・・最も宗教曲っぽく、壮大 8.ソプラノのアリア・・・閉塞感漂った後、一筋の光が見えて 9.ソプラノ、テノールの三重唱(クオニアム)・・・独唱3部は「唯一無比なる存在の音楽的比喩」だそうで 10.合唱・・・重厚に曲をしめくくる
ダヴィデさんとは旧約聖書の登場人物。
が、しかし。
この曲にはダヴィデさん、まったく出てきません。
では何ゆえ、こんな題名が。
では何ゆえ、こんな題名が。
ダヴィデが悔悟する詩篇をもとにした内容で、ミサ曲に合うように改変したものらしいです。当時はこのような曲が多くあったようです。
これは、『ミサ曲ハ短調』KV427にいくつかの曲を加えるなどしたもの。
コンサート用に作ったんですね。
コンサート用に作ったんですね。
この時期、ウィーンでは、宗教曲が教会でなくコンサート会場で行なわれるようにもなっていました。
仏教で言えば、
仏教で言えば、
「ホールでお経を流す」
誰かが、お経はラップに合いそうだと言っていました。
これからはそんなのが流行するかもしれません・・・。
これからはそんなのが流行するかもしれません・・・。
