田植えの終わった美しい緑色の景色を快適ドライブ🚐
大内宿に到着。
1868年4月、宇都宮で負傷した土方さんもこの大内宿に立ち寄ったとみられています。
そう思いながら小刻みに歩くワタクシ。笑笑
それでも。
ここからの景色は江戸時代にタイムスリップをしたかのようで、心に沁みます。
大内宿を出て、甲子街道を一路白河へ。
どういうわけか、是が非でも訪れたかった白河ハリストス正教会。
実際は野ばらではないのですが(苦笑)、白亜の建物を彩るように咲いた薔薇はとても美しかった…。
この白河ハリストス教会は明治11年に設立、そのときの初代司祭が澤邉琢磨という神父さん。
なんと、この方は土佐生まれ、坂本龍馬の従兄弟にあたるそう(お父さん同士が兄弟)。
龍馬のあとを追うように江戸へ出て剣術の修行をしていましたが、酔っ払って町人とトラブルを起こし、藩から切腹を言い渡されるものの龍馬らの手助けを得て江戸を脱出。
そして流れ着いたのが箱館。
時に1858年の春。
既に開国していた箱館にはロシア帝国の領事館も存在。
領事館員のなかで子弟に日本の武術を学ばせたいと請われ、澤邉さんが指南役として出入りするようになりました。
そんな中で附属聖堂の管轄司祭として来日していたロシア正教会のニコライ神父と知り合うも…。
バリバリの攘夷論者だった澤邉さん、ニコライをロシアから遣わされた密偵だと思って、殺害をも辞さぬ覚悟でもって大刀を帯び神父を訪問、来日や日本研究の意図を尋ねたそうです。
しかし逆に神父に「ハリストス正教がどのようなものであるかを知ってから正邪を判断しても遅くないだろう」と諭されます。
(うむ?!まるで龍馬と勝海舟の関係のようですね笑笑)
そして教えを学ぶうちに心服、まだキリスト教禁制下の1868年4月24日、極秘に洗礼を受けました。
この時の澤邉さんは、箱館神明宮(現・山上大神宮)宮司の沢辺悌之助の婿養子という立場、それが一家で「邪教」に改宗した…。
風当たりは相当強かったようで、なんどか投獄されたり逃亡したり…。
大変な苦労を重ねて白河の地に辿り着いたということです。
(以上、ウキペティアより要約。)
現在も信者の祈りの場所、聖堂内には幕末生まれの女流画家、山下りん氏のイコン画も当時のまま現存しています。
内部は写真撮影禁止なので写真はないですが…。
美しい色彩そのままの数々の画に心を打たれます。
建物そのものやこうした宗教画ももちろんとても貴重なのですが、流れてる空気がなんとも言えず…信者の方々が必死に守ってきたものが凛としてそこに存在しているようでした。
そんな神聖で貴重な場所を丁寧にご案内くださった大寺さま。
私たちのために祭壇に蝋燭を灯し、讃美歌を流してくださいました。
そして鐘の音。
静謐で芯のある音色を私はきっと忘れないでしょう。
会津旅行の終わりに思いがけない素敵な想い出が出来ました。
とても長い記事になってしまいました。
読んでくださりありがとうございます。
ではまた。
ごきげんよう~~。





