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mpooliamです!

大体は歌、ギターについて書く予定です。
最近はアニメについても熱く?語っています!

好きなアーティストさんは

aimerさん、miwaさん、flumpool、ナノ、山崎あおい さんです

皆さんこんにちは。遅くなりましたがクズの本懐の4話まで消化し終わりました。

 

にしても、重い......6話まで軽く観てみたのですが、5話からが本番のようですね。

 

1話~4話までは人物紹介のようなものです。で、5話から物語が展開していくと。そんな感じだと思います。早く8話まで見たいのですが、さすがにそこまで気力が持たない笑

鬱にならん程度にゆっくり観ていきます...

 

さて、考察を始めていきます。

 

まず、1話。

 

『片想いってそんなに美しいものですか?私はそうは思わない』

から始まるこの物語。テーマですね。片想い、どう定義するかは人によって異なるのでしょうけれど、まだ愛ではなくて、個人的な一方的な想いにすぎない状態。片思いをしている人の純真さを美しいと感じ、片思いをしている本人は自らのエゴイスムに吐き気がする。人間の感情って大体がそんなものな気がします。この物語は片想いを描いている体で人間の感情そのものを描こうとしているのでしょう。だからこそ、葉から雫が垂れる絵を持ってきたわけです。雫は光を乱反射するので美しく見える一方で儚い、不安定なもの。それが葉に寄りかかるようにしてポトリと垂れる。雫自体は透明で、それだけでは映えない。光があって、違う色を持つ葉と接することで初めてそこにあることが分かる。そこにあることが美しく見える。同時に、雫は接した葉を濡らす。葉は雫によって変わってゆく。垂れた雫もそのままではいられない。流動的であるから、存在があって、美しさがある。存在しているということをどうとらえるかによって、感情が生じる。雫自体が雫自身をみるすべは他者と向き合う自己をとらえることによってのみ。雫自身は透明なので、自らをどうとらえるかは他者と接する角度によって光の反射が変わるので、見え方も異なる。

ま、ほとんどが持論ですが、要するにこの作品は「流動的な感情をどうとらえるか」を描こうとしているのではないか、と思うわけです。

続く『私たちは、想いの深さの分だけ、やさぐれていった』というセリフからも、片思いだけを描くのではなく、感情自身を描こうとしているのがよくわかりますね。

 

さて、全体像はここまでにして、各場面を見ていきましょう。

 

『花火:学校いやになりそう。麦:諦める?花火:絶対やだ。けど、麦:けど?→花火、麦に抱きつく→すっと遠くを見る→麦:さみしいの?』

 

最近のアニメにしては珍しいですよね、こういう会話。個人的にはこっちの方が自然だと思うんですけど。いちいちキャラクターに語らせなくても、動作を描くことで複雑な心境を描き出す。そういうのがうまいな~と、この場面だけでなく、感心するわけです。

『けど、関係性を壊したくないからアプローチできないんだよ→麦もその気持ちは理解している→花火:思いが強すぎてもういいや、ねぇ麦、かまってよ→やっぱいけない事だよね。→麦:やっぱ振り向いてもらえないってさみしいよね』

ってな場面なわけですが、ここに無駄な言葉を挟まない、無駄に動きに注目させずに引きで撮る、そういうのがすごくいい味を出してると思うのです^^

 

さてさて、1話最大の謎、なぜ花火は男子生徒からの告白の返事を1週間も保留にしたのか?

この場面で花火は『興味のない人から向けられる好意ほど気持ちの悪いものはないでしょ』と言って断っています。で、このセリフは後々何度も登場するわけですが、この時点では単なる、スパッと突き放すための即席の論理です。しかし、こんなセリフが出るということは花火の頭の中には、興味の有無、好意に関心があったということになります。そこから推測されるのは、次のような花火の思考です。

「自分はお兄ちゃんが好きだが、お兄ちゃん自身はこちらに興味はない。ならば、お兄ちゃんへの興味をなくせば、この苦しみから逃れられるのではないか。そう考えていた矢先に告白を受けた。心から恋人になれば、興味の矛先を変えることができる、お兄ちゃんを諦められる。でも、それで本当にいいのか、後悔するにきまってるし、そんなことで諦められるわけがない。ならば、心は別としてさみしさを紛らわすために同じような境遇の麦と一緒にいる方がいいのではないか。麦は自分と同じく片思いをしているし、気持ちに入ってくる心配ないし、そうだよ利用してるけど傷つけてない、良いじゃない別に。一方がさみしいのなら寄り添ったっていいじゃないか」

こう推測できるように色々とネタ振りがあるのがこのアニメのすごいところ。

まず、『突き放せなかった』というセリフ。これにも省略があることは前後関係から明らかで、『突き放せなかった、麦を、お兄ちゃんを』となり、心が別であるからこそお兄ちゃんを投影できるので、麦を選択するにいたったわけ。

また、麦とのベッドシーンで『代わりになれてるか気になった』的な発言があるのは、自らを客観視しており、罪悪感を感じ、同時に自らが「してほしいこと」を抱いている、つまり、自分のエゴに嫌悪を感じている。そのため妄想の中に入り切れず、思い出を思い出すにつれてエゴが深まり、自己嫌悪が深まり、やっぱやめよう、になるわけ。(←ケータイ鳴る前に「ハッ」手なってることに注意)つまり、花火は「良い子」でいたい人なので、自分の都合で誰かを振り回す、利用することに嫌悪を感じる。したがって、麦を選ぶということは、麦を振り回していない事への何らかの理論が必要。よって、『麦も自分と同じ』と信じることで「自分は麦を傷つけてない」という言い訳を思いついたわけです。

以上二つから、上のような思考をしていたことが確定します。

 

でもって、これで終わらないのがこのアニメ。もうひとひねりあります^^

『興味のない人から向けられる好意ほど気持ちの悪いものはないでしょ。→ブーメランだ』

始めこれを見たときはサラっと流していたんですが、よく考えてみると妙ですよね。出まかせで言った理論で自分を傷つけているということは、花火は四六時中自分を傷つけようとしているからこそ、他人に言った言葉を言い放ったあとに反芻する数回で自分に向けようとするのだから、ここから分かるのは、

アプローチしようとしない自分を自覚していて、そういう自分への自己嫌悪が常にある。

ということ。

そして、そのまま『遂げて見せるよ、クズの本懐』

となる。

つまり、自己嫌悪を抱きつつも、お兄ちゃんのことが好きで好きで仕方がない上、麦を利用している自分も嫌で、そういう感情が暴走してどうしようもない、どうでもいいから、麦に頼る。麦もきっとそうだと思いこむことで自己を正当化し、離れないで、私の温もり、というわけで契約に至るわけですね。

 

ちなみに、このことは4話の国語課準備室での花火の独白で答え合わせができます笑

 

1話で疑問に思ったのは、なぜ茜は麦に「ありがとう、麦ちゃん」と言ったのか?また、麦に学校だよと言われて舞い上がったのか。どうも不自然なんですよね。

麦に対して純粋に好意を持っているのか、それとも単なるギャグ的なのりなのか。

 

う~ん4話まで書くつもりだったのですが、長くなるので今日はここまで。