ギルティクラウン 感想 | mpooliamのブログ

mpooliamのブログ

mpooliamです!

大体は歌、ギターについて書く予定です。
最近はアニメについても熱く?語っています!

好きなアーティストさんは

aimerさん、miwaさん、flumpool、ナノ、山崎あおい さんです

こんにちは。しばらく更新が出来ませんでした。すみません。

とはいえ、今回は歌関連ではなく、アニメの感想です。あまりに素晴らしい作品だったので、ぜひ見て欲しいので、この記事は観終わって、自分なりに物語を理解してから読んで下さい(^^)






以下ネタバレ含む

このアニメは珍しく二度見の必要のないアニメでした。(二周はしたいアニメですが、その必要がないという意味です。)

それくらい心情描写が繊細で、一度見るだけでスッと登場人物の心情が正確にありありと伝わってくる作品です。
それに、歌で心情を描き出すというベタな手法を最大限に使いこなしてましたよね。

voidも初めて使ったときにすでにvoidとは何か、がわかってしまうという欠点ともとれる状況を作り出してしまったともとれますが。
ただ、1話でvoid=人の心 という考えがわかってしまうことで、集の成長が良く分かるので、そういう面ではとてもいい効果を生んでいたのではないか、と思います。

voidを扱いきれない=人の心を受け止めきれない

この構図が見ていてホントに辛かった。
受け止められるようになってからもね。

そして、いわゆる優しさ、を捨てるシーン。涯を刺しても持ち続けたそれを捨てざるを得なくなるシーン。これ以降、全話泣くことになるのです。

あんな声で「王になってやる」なんて言われたらもう見ていられないですよね。そして、次の回では独裁者に「なって」いるという。
人を救う、導くには非情になるしかない。だけど、一方で集は最後まで「やさしい王様」であり続けた。ただそれがあまりに哀しくて美しいから、涙を誘うわけです。

そして、その過程を経て、涯が集の右腕を切り落とすシーン。これで涯の気持ちがわからないなんて有り得ないですよね。バレバレです。でも、だからこそ苦しくなる。

エンディングだけを見ればいのり、集が救われないような印象を受けるかもしれませんが、それはこの物語の真意を掴めてない。

いのりの独白、「たとえ世界中のすべての人が嘘つきと言っても、私は君だけの味方になれるよ」(なれる、この段階では可能であることがキーです)
そして何より「この世界の哀しさ、美しさを教えてもらった。」これだけで集は救われています。(最後の二人の会話の様子から、いのりのその想いは集に伝わっていることが明らかにわかります。)

それに、いのりに至っては、全てを受け入れること、集も含めて受け止めること、これがいのりの願いであることを考えれば、最後に全てを引き受けて集を生かしたことも、そしてその事で集に罰を与えてあげること、それが叶えられたわけだから、こちらも救われている。

二人で逝くというのもハッピーエンドだけど、それはこの物語の真意に背いてしまう、だから一見バッドエンドにみえるああいう最後にしたのでしょう。

ここまで観終わってスッキリした作品は初めてです。

個人的には「裸の王様」という表現にビビっときました。まさに集の正体を見抜いた表現ですよね。勿論ここでも涙したわけです。

サブキャラ、といっていいのか、何というか。登場する全ての人物の心情がこれでもかと言うほど描かれていて、しかもそれが分かりやすすぎて。

ここまで緻密に心情描写出来るなんて凄いですよね。

自らの壊れそうなガラスの心で常識に抗い続ける。
それは哀しくて、それ故に美しい。

これがこの作品の描きたかったことではないか、と感じます。