(*^-^)ノ


爽やかな暑さと


ねっとりな熱さと


皮下脂肪の厚さに


辟易としている髭爺です。



(´ヘ`;)


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コレ。


イタダキモノ。


東京のお店の焼き菓子だそうです。


美味しかった。

店名が判りません。


(o^_^o)


さて、ちょっと長いので飛ばしても良いです。
(笑)


現在の大阪の中崎町が若者の街に変貌していくきっかけとなったパフォーマーをテレビで紹介されてます。

約10年前に小箱店舗の走りとなった「天人」さんがでてました。

築120年 の普通の民家を気に入り、パフォーマーであったオーナーが大家さんに通い詰めて、借りた家だそうです。


彼はおじいちゃんおばあちゃんとの交流がしたくて、中崎町を選んだようでね、なかなかアジのある話なんですわ。

それは。
前の借り主……漁師?大工さん?職人さん?
忘れました(笑)

が借りていたそうですが今から20年前に体調を崩され、近所に身よりがなかった為北海道に引っ越す事になったそうです

その時、大家さんに退職祝で貰ったジョニ黒を託したそうです。


今の人には分かり難いですが、おそらく20数年前だと今ほど輸入品が豊富に入ってたかどうか。
貴重なお酒だったはず。それは会社の仲間がお金を出し合って餞別にくれた大切な思い出のお酒。
有り難すぎて呑めなかったモノを、自分が死んだら呑んでくれと託されたジョニ黒。

それを今の大家さんは、前の借り主が去った日と命日にちびりちびりと飲んでたそうですが。


パフォーマーの彼が、壁に掛かった日めくりをそのまま壁にかけたままにしていました。

その日めくりは前の借り主が部屋を立ち去る、その日で止まってます。
1991年でした。


その日を記念日に、仲間を集めて弔う?偲ぶ?イベントをしているのを大家さんが聞きつけて、ジョニ黒を託したという逸話が有りました。




良いですね~。


中崎町は古い町でね、阪急梅田駅の東、MBSや梅田ロフトの東の一角ですが、戦災を免れた奇跡の町なんです。


第二次世界大戦の時焦土とかした大阪の生き証人の町。

だから、人情がほかの町より、強く、パフォーマーがお店を作るときに、改装しようとすると、地域の人が入れ替わり立ち替わり、手伝いにきてコスト0だったそうです。


なんか素敵に見えましたから、今日か明日行ってきます。

長々と書きましたが、もう一人。


はまゆうという、席数4席の定食屋さん。


ここのまま。
春子さんを後ほど紹介しますね。

(o^_^o)