こんばんわぁ!

今日も元気に予定が終わった昼から、100神社100仏閣参りをすべく、東へ向かいました!

最初に西郷地区にあたる甲南漬けの本店がある武庫の郷に立ち寄り、そのまま東進ハイスクール!
はいオヤジギャグでした。

東明という交差点付近にあるのが、おとめ塚古墳!
実際には処女塚古墳と書きますがタイトルにすると、ワケのわからん奴が来ますので、ひらがなで書きました。
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処女塚古墳
ここは、良く通りますが、立ち寄った事はなく、以前に一度日記にもあげましたが、古墳に登った(たいそうな高さじゃなくて、ほんの10メートル程度です)実際には整備されてますが何も無いです(笑)
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ただし、色んな云われや言い伝えがあり、句碑も有ったので真面目にリポート!
小山田高家の碑
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延元元年1336年


湊川の戦いに敗れた新田義貞が生田の森(今の三宮あたり)から、約12~3キロ東の東明まで逃げてきて、苦境の時に小山田太郎高家が過去に助けてもらった恩義に報いるため馳せ参じ、自身の馬を新田義貞に差し出して逃し、自身はこの古墳に陣取り戦い続けて果てた戦士だそうです!


その武勲を称えて代官竹垣三左衛門藤原道直が古墳を整備してきちんと墓を立てさせたらしいです。

さらに、遡れば田辺福麻呂タナベサキマロという歌人が過去の言い伝えを詩に詠んでます。

古の小竹田荘子の妻問し
菟原処女の奥つ城ぞこれ

いにしえの しのだをとこつまどひし うなひをとめおくつきぞこれ
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コレは、1人の女性を求め2人の男性が争い、それに対して選びきれない女性が自害し、残された男性2人も自害する悲話です。

東灘区住吉宮町の東求女塚古墳
灘区都通の西求女塚古墳
と合わせての話です。
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でや、真面目なヒゲジイ
(笑)