私は今でもアドバタイズな世界の末端に辛うじて踏み留まっています。



正直、様々な理由からフラフラし、軸がぶれまくり、まわりにも多大な迷惑をかけていました。




自分自身が印刷やデザイン広告、そしてイベントの世界で生きてきました。
ただ生きてきました。


会社を立ち上げた頃は、クライアントやエンドユーザにただただ認められたい!良い仕事をしたい!
そうやっている内に、様々なチャンスと人に恵まれ、サラリーマン時代も、独立後も周期的に実績を積むことができました。



しかし哀しいかな、脳の半分がブレる人間であったため?
いや?

単純に性格の問題で、それまでの誰にも負けない!
自分なりのポリシーであった良い仕事!良い作品。
記憶に残る仕事から、帳簿に残る仕事に変わってしまった。



しかし、五年前に出逢って衝撃を受けたのにも関わらず、自分は停滞から後退している。





その、衝撃を今日久々に思い出した!



衝撃の主は堀木えり子さん

知る人ぞ知る和紙作家。
クリエイター!
プロデューサー!
ん~!違うな?


彼女の意思の強さ、伝統を守ろうする気概!
新しく創造する力と心。


忘れていたクリエイティブとビジネスへの心構えを呼び起こしたようだ!



彼女との出合いは前職の会社での事でした、入社3日目の私に未だ話しもしていなかった社長のお供で、四国の西条市に赴き、道の駅の開発と、集客対策の為の現地調査でした。
色々調べる内に、ある地域で、特殊和紙が特産品であり、逆に可能性が非常に高い事もわかった。



そこで、全く違う手法か、新しい方向性を見い出す為に多くの紙の産地や工房、作家をあたり出逢ったのが堀木さんでした!



見るからに、失礼ながら気の強そうでいて、凛とし、強い瞳と強い言葉とは裏腹に、細やかな気遣いと、優しげな微笑みを私に垣間見せつつ、私達の要望に答えるにはと、幾つもの課題と期間を提示しました。



すんげー生意気としか写らなかった自分の視野の狭さと、浅はかさに今でも顔から火が出るようです。


というのも、当時は既に工房と工場、ショールームをもち、地域の活性化や伝統技術等の継承をはかり、多くの人や町のキャスティングボードを握るまでになっていたから、いや?ビジネスというより、日常でも当然の姿勢でした。


ただただ自分が甘いだけでした。
同い年の彼女は、私の稚拙な話しに的確に解をだし、逆に問題点を指摘してくれました。



その後もコラボワークの企画を持ち込んでは、スケジュールや予算の問題で、ポシャり、結局実現しないまま今にいたりました。



しかし、何故今日取り上げたか?


単純にNHKでの番組ルソンの壺で紹介されて、テレビで拝見したからです。



懐かしくも恥ずかしい気持ちになり、気合いを入れる為に書き記しました。



すんごく私的な内容ですみません。



久しぶりのデザインの仕事は無事おわりました。