私の仕事~2~
祖母の入院を聞いて
すぐに行くことはできなかったが
(遠方に住んでいて当時長男が1歳になったばかりだったので・・・)
やっと帰省することができて
初めて祖母の病院に行くことが出来ました。
病室に入るとそこは6人部屋で
祖母は一番廊下側のベットに横たわっていた。
「おばあちゃん。来たよ。」
そう言って祖母の顔を覗き込むと
祖母は目を瞑ったまま静かに寝息を立てていた。
「もう意識が無いんだよ」
父が教えてくれた。
そうか・・・・もう意識が無いのか・・・・
もうおばあちゃんと話も出来ないんだ・・・
そう思って私は何も言えなくなってしまいました。
ただ心の中で謝ることしか出来ませんでした。
それから数日して
祖母は天国へと旅立ちました。
入院する前には
私のことさえ認識することも出来ず
ひ孫のことさえも解らずに旅立ってしまった祖母。
後悔ばかりが残りました。
遠い昔・・・
高校3年の時に私は進路について迷っていました。
就きたい仕事は保育士か福祉関係。
どちらにするかかなり迷って
私は保育士の道を選びました。
元々福祉の仕事にも興味(?)があったのですが
仕事を探していた8月の終わり
たまたま見ていた日曜に入る求人広告に
訪問介護事務所の事務の仕事募集を見つけました。
事務の募集要項には
インターネットを扱える方と書いてあり
軽い気持ちで電話だけでもしてみようと思い
次の日の月曜に電話を掛けてみました。
すると事務の仕事でもいいが
ゆくゆくはヘルパーの資格も取れますよとのこと。
私は祖母のこともあって
いつかヘルパーの資格を取りたいと考えていたので
勢い勇んで「是非取りたいです!」と返事をしました。
次の日面接に行き
返事はその週末までにするとの事で
ドキドキしながら連絡を待っていました。
3へ続く
すぐに行くことはできなかったが
(遠方に住んでいて当時長男が1歳になったばかりだったので・・・)
やっと帰省することができて
初めて祖母の病院に行くことが出来ました。
病室に入るとそこは6人部屋で
祖母は一番廊下側のベットに横たわっていた。
「おばあちゃん。来たよ。」
そう言って祖母の顔を覗き込むと
祖母は目を瞑ったまま静かに寝息を立てていた。
「もう意識が無いんだよ」
父が教えてくれた。
そうか・・・・もう意識が無いのか・・・・
もうおばあちゃんと話も出来ないんだ・・・
そう思って私は何も言えなくなってしまいました。
ただ心の中で謝ることしか出来ませんでした。
それから数日して
祖母は天国へと旅立ちました。
入院する前には
私のことさえ認識することも出来ず
ひ孫のことさえも解らずに旅立ってしまった祖母。
後悔ばかりが残りました。
遠い昔・・・
高校3年の時に私は進路について迷っていました。
就きたい仕事は保育士か福祉関係。
どちらにするかかなり迷って
私は保育士の道を選びました。
元々福祉の仕事にも興味(?)があったのですが
仕事を探していた8月の終わり
たまたま見ていた日曜に入る求人広告に
訪問介護事務所の事務の仕事募集を見つけました。
事務の募集要項には
インターネットを扱える方と書いてあり
軽い気持ちで電話だけでもしてみようと思い
次の日の月曜に電話を掛けてみました。
すると事務の仕事でもいいが
ゆくゆくはヘルパーの資格も取れますよとのこと。
私は祖母のこともあって
いつかヘルパーの資格を取りたいと考えていたので
勢い勇んで「是非取りたいです!」と返事をしました。
次の日面接に行き
返事はその週末までにするとの事で
ドキドキしながら連絡を待っていました。
3へ続く

私の仕事~1~
本当に随分と更新していなかったブログ・・・
お久しぶりです。
4月に保育園の仕事を辞めて早5ヶ月。
専業主婦に戻りましたが
経済的にも苦しくなってきた我が家(これ本当)
7月頃から仕事をしようと探し始めていました。
とは言っても何をしたいのか?と、思案しても
したい仕事が無い。
保育の仕事は体力的にきつい。
それに保育士の仕事に少し自信を無くしていた・・・・
かといって普通のパート仕事にやりがいを見出せない(これは私の主観です)
何がしたいか全く解らないまま時間だけが過ぎていました。
話は変わり、私は母を亡くす1年前に祖母も亡くしています。
以前の話にも出てきた大好きだった祖母です。
その祖母の晩年は決して幸せではなかったと思います。
祖母が私達と北海道で暮らしていた家で
最後は一人暮らしをしていました。
でも年々祖母は認知症の症状が出るようになり
私の実家で暮らすことになり
祖母の介護を母が全面的に見ることになりました。
母と祖母の仲は昔から良かった訳ではない。
それに加えて同じ県内に住んでいる父の姉(祖母にとっては長女)が
全く協力する姿勢を見せず
半ば無理やりな形で祖母は実家に住むことになりました。
当時母は始終文句を言っていました。
「どうして私ばかりが面倒みることになるの!」
「お父さんも協力してくれない!」
そんな言葉を私は電話口で聞かされ
何も出来ない自分を責めていました。
と言うのも私は結婚して関西地方に住んでいたから。
実家には妹家族も同居していて
妹からも色々話を聞きました。
妹は当時1歳と0歳の子育て中。
祖母の面倒を手伝おうとしても母はいつもこう言ったそうです。
「毎日あんたが出来るわけじゃないんだから手出ししないでいい」
そう言われて
妹もなかなか手伝うことが出来なかった様です。
こう書くと母がものすごく酷いことをいている様に感じると思いますが
母は文句を言いながらも祖母の面倒を見ていました。
するべきことはしながらも
心は釈然としない・・・始終イライラしていたようです。
私が何ヶ月に1回帰省した時には
実家で祖母の姿を見るたびに
胸を掻き毟られるような気持ちになりました。
そして当然私が手伝おうとすると
妹に言った母の言葉を私にも言われるのです。
そんな中でも数回祖母の世話をしました。
祖母が粗相をしてしまった時に
母の目を盗んで素早く片付けて着替えを済ませた後
祖母を布団に寝かせながら
私はこぼれる涙を止めることが出来なかった・・・・
そんな私を見て祖母は
「M(私の名前)ちゃん・・・なんで泣いてるの?泣かないで。」
笑いながらそう言って私の頬を撫でてくれました。
しゃくりあげながら私は祖母に謝ることしか出来ませんでした。
「おばあちゃん・・・何もしてあげられなくてごめんね・・・・ごめんね・・・」
そんな状態が続く中
祖母が入院することになりました。
2へ続く
お久しぶりです。
4月に保育園の仕事を辞めて早5ヶ月。
専業主婦に戻りましたが
経済的にも苦しくなってきた我が家(これ本当)
7月頃から仕事をしようと探し始めていました。
とは言っても何をしたいのか?と、思案しても
したい仕事が無い。
保育の仕事は体力的にきつい。
それに保育士の仕事に少し自信を無くしていた・・・・
かといって普通のパート仕事にやりがいを見出せない(これは私の主観です)
何がしたいか全く解らないまま時間だけが過ぎていました。
話は変わり、私は母を亡くす1年前に祖母も亡くしています。
以前の話にも出てきた大好きだった祖母です。
その祖母の晩年は決して幸せではなかったと思います。
祖母が私達と北海道で暮らしていた家で
最後は一人暮らしをしていました。
でも年々祖母は認知症の症状が出るようになり
私の実家で暮らすことになり
祖母の介護を母が全面的に見ることになりました。
母と祖母の仲は昔から良かった訳ではない。
それに加えて同じ県内に住んでいる父の姉(祖母にとっては長女)が
全く協力する姿勢を見せず
半ば無理やりな形で祖母は実家に住むことになりました。
当時母は始終文句を言っていました。
「どうして私ばかりが面倒みることになるの!」
「お父さんも協力してくれない!」
そんな言葉を私は電話口で聞かされ
何も出来ない自分を責めていました。
と言うのも私は結婚して関西地方に住んでいたから。
実家には妹家族も同居していて
妹からも色々話を聞きました。
妹は当時1歳と0歳の子育て中。
祖母の面倒を手伝おうとしても母はいつもこう言ったそうです。
「毎日あんたが出来るわけじゃないんだから手出ししないでいい」
そう言われて
妹もなかなか手伝うことが出来なかった様です。
こう書くと母がものすごく酷いことをいている様に感じると思いますが
母は文句を言いながらも祖母の面倒を見ていました。
するべきことはしながらも
心は釈然としない・・・始終イライラしていたようです。
私が何ヶ月に1回帰省した時には
実家で祖母の姿を見るたびに
胸を掻き毟られるような気持ちになりました。
そして当然私が手伝おうとすると
妹に言った母の言葉を私にも言われるのです。
そんな中でも数回祖母の世話をしました。
祖母が粗相をしてしまった時に
母の目を盗んで素早く片付けて着替えを済ませた後
祖母を布団に寝かせながら
私はこぼれる涙を止めることが出来なかった・・・・
そんな私を見て祖母は
「M(私の名前)ちゃん・・・なんで泣いてるの?泣かないで。」
笑いながらそう言って私の頬を撫でてくれました。
しゃくりあげながら私は祖母に謝ることしか出来ませんでした。
「おばあちゃん・・・何もしてあげられなくてごめんね・・・・ごめんね・・・」
そんな状態が続く中
祖母が入院することになりました。
2へ続く

特筆すべきことは無いけれど
書くことないけど・・・
こうして更新してみるのもよいかと・・・
(誰に向かって書いてんだろ・・・w)
最近読んだ本の感想でも書いてみるかな・・・
一昨日の夜
読み始めたのが運のつき。
読み始めたのが夜中の11時頃。
続きが気になり途中でやめられなくて
読み終えたのが朝の5時(^▽^;)
うつらうつらしてから7時に起きて
仕事に行きました。
読んだ本は
宮部みゆきの『レベル7』
面白かったといえば面白かったかな・・・?
宮部みゆきは『模倣犯』が読んだのが最初。
あれにははまりました。
分厚いハードカバー上下巻。
3回程読みました。
でも最近は
宮部みゆきの小説の話の展開が解ってきて
読みながら次はこう来る。
ってなんとなく読めてしまうから
もうそろそろ宮部ワールドからはさよならの時期かと。
新しい作家を開拓したいと考えてる
今日この頃です。

こうして更新してみるのもよいかと・・・
(誰に向かって書いてんだろ・・・w)
最近読んだ本の感想でも書いてみるかな・・・
一昨日の夜
読み始めたのが運のつき。
読み始めたのが夜中の11時頃。
続きが気になり途中でやめられなくて
読み終えたのが朝の5時(^▽^;)
うつらうつらしてから7時に起きて
仕事に行きました。
読んだ本は
宮部みゆきの『レベル7』
面白かったといえば面白かったかな・・・?
宮部みゆきは『模倣犯』が読んだのが最初。
あれにははまりました。
分厚いハードカバー上下巻。
3回程読みました。
でも最近は
宮部みゆきの小説の話の展開が解ってきて
読みながら次はこう来る。
ってなんとなく読めてしまうから
もうそろそろ宮部ワールドからはさよならの時期かと。
新しい作家を開拓したいと考えてる
今日この頃です。

私の卒園式
本日は無事に長男の卒園式終了。
『思い出のアルバム』合唱ではウルッ
ときました・・・
思い起こせば私が今の仕事を始める時に
子供達も保育園に入園。
あれから3年。
無我夢中に過ぎた3年でした。
家事育児。そして仕事の両立。
嵐のような日々でした。
明日は私の勤務先の保育園で卒園式。
私も3月いっぱいで退職です。
子供たちと共に卒園します。
また専業主婦に戻りますが
いつかまた仕事をしたいと思ってます。
(家計が苦しいもんで
)
4月からは長男の小学校生活がスタート。
私も専業主婦生活がスタート。
新たな生活がスタートします。
不安だらけだけど
何かいいことあるかもしれないし
前向きに!前向きに!

『思い出のアルバム』合唱ではウルッ
ときました・・・思い起こせば私が今の仕事を始める時に
子供達も保育園に入園。
あれから3年。
無我夢中に過ぎた3年でした。
家事育児。そして仕事の両立。
嵐のような日々でした。
明日は私の勤務先の保育園で卒園式。
私も3月いっぱいで退職です。
子供たちと共に卒園します。

また専業主婦に戻りますが
いつかまた仕事をしたいと思ってます。
(家計が苦しいもんで
)4月からは長男の小学校生活がスタート。
私も専業主婦生活がスタート。
新たな生活がスタートします。
不安だらけだけど
何かいいことあるかもしれないし
前向きに!前向きに!
