第14話 さよならのかわりにⅢ
湯灌の儀式も終えて
後は母が葬儀場へと行くだけとなった。
それは母がこの世に存在した
そしてこれまで生きていた母の身体が
この家に存在する時間があとわずかということを意味する。
家には
父と私達姉妹。
そしてその家族。
母の兄弟、父の妹と
親戚がほぼ全員揃っていた。
「ご用意が出来ましたので・・・」
そう声をかけられて母の元に向かうと
母はもう棺の中に納められ
その中で母は登山服を着せられていた。
父と母の共通の趣味だった登山。
母の最期には
登山服を着せたい。
それは父の強い希望で叶えられた。
そして母は家族、兄弟らの手によって
寝台車まで運ばれた。
私達は母を見送るために
全員外まで出た。
「お母さん・・・先に葬儀場行っててね
私達すぐに行くからね」
ココロの中でそう何度も母に語りかけた。
「それでは出発いたします」
そう言って葬儀社の人は
車に乗り込み
バタン!とドアを閉めた。
その時
私はある場面を思い出していた。
緩和病棟から家に帰って来ていた時の事を・・・
母の身体の状態が悪くなり
また病院に戻る日
バタンと閉められた救急車のドアの音。
固く閉じられた母の目。
そして母はあの時
もう帰って来れないのではないか・・・と、思い
涙を堪えていたという母の言葉。
本当にそうなってしまった・・・・
本当に母はあの時から生きて帰ってくることが出来なかった。
私達は寝台車を見送り
みんな家の中に戻って来た。
それぞれが葬議場に行く準備をする最中
ピンポーン
と玄関のチャイムが鳴った。
誰かが来たのかと思い
ドアフォンのカメラを見ても誰も映っていない。
外に出ても誰もいない。
そして家に戻ると
また何度も連打するように
チャイムが鳴る。
実家のチャイムは
普段から接触が悪いせいなのか
誰も来ていないのに
チャイムが鳴ることがあった。
だからいつものことと思っていたのだが
普段は2回連続でなるのが常だった。
それなのにそのときは
まるで誰かが押しているかのように
何度も何度もチャイムが鳴り続けた。
「なんだろうね?」
みんなでそう言っていた。
でも私と妹は
口には出さなかったけれど
母のさよならの合図だろうと感じていた。
さようなら
みんな元気でいてね
最後に母は
精一杯力を込めて
私達に合図をしてくれた。
さよならの合図を・・・
私は今でもそう確信しています。
母よ永遠に~母と家族の軌跡~ 完
これで母の闘病の記録は終了します。
長い間読んで頂きありがとうございました
