僕の祖父は93歳で亡くなりましたが、晩年は認知症を患っておりました。自宅で介護をしていた時のことです。。。。。
祖父は京都市交通局に勤めており、乗り物が好きでした。デイサービスから帰ってくる時は必ず助手席に乗り、運転手さんに偉そうに指図して帰って来ます。家に着いてからが大変で、なかなか車から降りてくれません。
じいちゃん的には自宅に着いたのではなく、仕事の途中でこんなところで降りるわけには行かないという感じで、全然降りてくれません。降ろすのに、職員さんと一緒によく格闘したものです(笑)
※この頃は自宅であることや僕が孫ということはもうわかっていませんでしたが、僕の事は仲間のように思ってくれていました。
そんな、じいちゃんの徘徊がひどくなってきたときのこと、
朝9時ごろ少し目を離してる間にいなくなってしまいました
、近所の皆さんにじいちゃんのことは理解してもらってるので、外に一人で出てるのを見ると声をかけてくれるのですが、このときは誰にも気づかれずに、いなくなってしまいました。そういう時のために、服の内側と杖、帽子の裏側に住所と名前が書いていたのですが、心配なので、すぐに警察に届けました。しかし、もう何度もやってるので、警察の方も呆れ顔です。「ちゃんと目を離さず見てもらわないとね~」と言われながら、その都度、じいちゃんの写真を提出します。
その後も、探しまわっても見つからず、とうとう2日半になってしまいました。
これまで、徘徊からの発見までにかかった期間が最長1日半だったので、嬉しくない記録更新です
どうしたものかと思っていたお昼の2時ごろ、何やら爆音が聞こえてきました
その2へ続く!
祖父は京都市交通局に勤めており、乗り物が好きでした。デイサービスから帰ってくる時は必ず助手席に乗り、運転手さんに偉そうに指図して帰って来ます。家に着いてからが大変で、なかなか車から降りてくれません。
じいちゃん的には自宅に着いたのではなく、仕事の途中でこんなところで降りるわけには行かないという感じで、全然降りてくれません。降ろすのに、職員さんと一緒によく格闘したものです(笑)
※この頃は自宅であることや僕が孫ということはもうわかっていませんでしたが、僕の事は仲間のように思ってくれていました。
そんな、じいちゃんの徘徊がひどくなってきたときのこと、
朝9時ごろ少し目を離してる間にいなくなってしまいました
、近所の皆さんにじいちゃんのことは理解してもらってるので、外に一人で出てるのを見ると声をかけてくれるのですが、このときは誰にも気づかれずに、いなくなってしまいました。そういう時のために、服の内側と杖、帽子の裏側に住所と名前が書いていたのですが、心配なので、すぐに警察に届けました。しかし、もう何度もやってるので、警察の方も呆れ顔です。「ちゃんと目を離さず見てもらわないとね~」と言われながら、その都度、じいちゃんの写真を提出します。その後も、探しまわっても見つからず、とうとう2日半になってしまいました。
これまで、徘徊からの発見までにかかった期間が最長1日半だったので、嬉しくない記録更新です

どうしたものかと思っていたお昼の2時ごろ、何やら爆音が聞こえてきました

その2へ続く!