震災より3年 | 暮•思•激(クラシゲキ)

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フリーのデザイナー、イラストレーターです。
新作作品や衝撃的な事を書いていきます。
文体に癖があるみたいです。
いい癖だといいな。

おはようニッポン曲作りの毎日でございますそろそろハゲますのでハゲる前に抱かれたい奥様がいらっしゃいましたらジュンさんまでご連絡下さい。


3年なぁ。

短く感じますね。

ワタシ個人的にね。

だからまだ3年しか経ってないんだなという感じです。

生きてて初めて『死ぬ』という感覚を感じた日です。

おじいちゃんおばあちゃん親戚近所の皆さんの死は散々体感してきたのにね。

自らの『死』というのは幸せにも感じてきていなかったんですね。

未だに26歳?とか不名誉な事を言われるワタシはまぁ感じるはずがないですが。

当時は会社に居ましたね。

細いビルだったもんで風強いなぁ…え?あ!?やばっ!!でした。

今でも怖いよね地震。

被災地はまだまだまだまだ復興できていないみたいで。

津波をくらっても残った建物をシンボル化させようなんて動きもあるみたいですね。

でもワタシ思うんですよ。

その建物に税金をかけて保持していくのはどうかと。

沖縄に行った時にね、本島南部の痛ましい戦争の痕跡を見てきました。

『残す』という事は大事だなと思いました。

ただでもそれはね『戦争』という人が起こした意図的なもので、過ちだと気付いたからこそ『残す』べきものでね。

今回の事は『天災』

原発はね、色々杜撰な管理がバレて『人災』でもありますが。

残すべきじゃないと思うんですよ。

『津波』に対しての教訓がそこにあるとは思えない。

近い未来、観光地のシンボルとしてのお金の臭いのするコンテンツとワタシは捕らえてしまいました。

しかもね、そんなもん残してほしくないですしそんなもん見に行こうなんて人はなんか色々失礼な気がする。

目につく所に在ってほしくないですワタシが地元民なら。

意味合いが浅い。浅過ぎる。

『戦争』のものを残す事も地元の方にとってはとても嫌かもしれない。

けれど人は死ぬ。

『現実』として『戦争』を体感した先輩方は死んでしまう。

それも『現実』で。

『いけない事』という事が伝わっていかなければ何十年何百年先の日本人はまたきっと準備を始めて争いを起こすと思うんです。

人は我侭だからね。

他の意味も含め『戦争』に対しての意識はとても大事にしていくべき事だと思います。

『天災』は予想予測してたとしても何がどうどれだけの規模で来るかなんて分析理解把握できないものだったでしょう。

進撃の巨人の壁みたいな堤防作ります?景観がどうとか言うでしょう。

そしてその壁をも破壊するかもしれない。

死者行方不明者2万人弱という多くの命を奪われてしまった犯人がいない2万件弱の事件。

誰が悪い?地面が悪い?海が悪い?地球が悪い?神様が悪い?人の行いが悪い?

こんな事があって、その悲しみや怒りや憤りを犯行した『天災』にぶつけられる訳でもなく。

そんな空想事言ってる場合じゃない訳で。

言わずにはいられない人は言ってかまいませんが。

その『天災』が残していった痕跡が目に付く生活なんてワタシは嫌です。

それが『支え』になる訳がない。

嫌な事を思い出すものでしかない。

思い出しては残念に思い、当たる事のできない感情を処理できない。

そんなんだったら崩れてしまうかもしれないけれど立派な堤防が見える方がまだ『安心』や『支え』に近いと思います。

その税金、復興のために使ってはくれないかね?

と、ワタシは思っております。




ジュン