ちらちらとネットを巡り。
とある記事が目に付いた。
長谷川笙子、「昆虫交尾図鑑」トレース疑惑で収益全面放棄&謝罪へ 長谷川「法律的にどうあれ、クリエイターとしては真摯な態度ではなかったと思います」
ワタシも創作屋のハシクレとして一言申します。
『長谷川笙子』という人間は最低最悪外道下衆な人間だと。
写真も絵も誰かの『作品』
ましてや『生き物の瞬間を捕らえた写真』となると人間の都合なんてものは度外視の半端ではない労力を費やした作品となります。
ワタシら人間は、何かに確実に影響を受けて生きている。
それは人が創ったものからもあるし、自然から得るものもあるし、言い出したらキリがないくらいの物や事の存在から影響を受けている。
その影響を受けた人は表現意欲を掻き立てられ『作品』として出す。
ただこの長谷川笙子は、『影響を受けた』というよりも『見つけて思いついた』という感じがしてなりません。
そして。
自分がしでかした事が在るにも関わらず、『クリエイター』などと自称するその性分がまず食い違っているとワタシは思いました。
『思いつき』
と
『発想』
は
違う
と、いう事を理解していない者は『創作屋』ではなく『開発者』であるとワタシは思います。
『主婦の発明』と謳っている開発商品の次元の話。
視点を変えれば『売れそうな物を売れる物にして出す』という能力と着眼点は長けているのかもしれません。
ただ、本人はあくまで『クリエイター』としての人生を選んでいますので、視点を変える事はしなくていいのでしょう。
救えません。
『無いだろう』と思って創り出したものが何かに『似ている』事は多々あります。
ネットでなんでも探せる時代。
似ている部分がこじつけであろうが、スキのない裏付けをすれば簡単に納得してしまう人々が多い。
そんな世の中だったりします。
でも今回のこの件。
比較を見て解る通り、アングル、角度といった構図が同じものがあるという事実。
これで『トレースしてません』『参考にした写真はあります』
そんな言葉を誰が信じようか。
『創る』という事を見直してください。
他人のものを『盗んではいけません』。
若い子がネットに頼ってネタを拾って…
情報が安易に手に入る今だからしてしまう事。
残念だね。
jun