少し語ります。
『ワタシがフォトショップを使う訳の一辺』
という事でまぁ単純に言えば悔しい思い出と出会いという感じです。
18か19の頃。
ワタシはこと『表現』に対してかなり色々考えていたと思います。
色々な事をしました。
その中で『紙を燃やして焦げ目で抽象画を書く』という事もやりまして。
蝋燭を立ててその上に紙を滑らせるという事をしました。
丸い感じの焦げ目が焦げ方が強い部分はより黒く…というグラデーションみたいな感じ。
自分なりにうまくいったと思えるものを何度も創ってみて。
そして友達が『面白いものを見せてあげる、色付けたい絵持ってきなよ』というので試験的に描いたそれともう1つを持って友達宅へ行きでフォトショップというものにワタシは出会います。
まだ5.0とかだったかな。
そこでスキャンして、わからないなりに知らない事は知りたいという気持ちのみでいじっていました。
そしたら友達が横から
『こんなんこのソフトですぐ描けるよ』と。
え…すぐ??って感じです。
新たなキャンバスを開き、太めのブラシツールでくるくるくると全面に適当に描き。
雲模様のエフェクトをワンタッチ。
…同じようなものが画面にあります。
『ね』
正直な事を書きますね。
『無様』
この一言に限りますね。
何時間もかけて、何回もやりなおして、やっと出来上がったものと同じようなものが一瞬で描けちゃう。
『できたでしょ?』
と言われましたがワタシは『これは生じゃないからなんかピンとこない』と言いました。
勿論認めたくないと思っての言い訳を言い張ったという事です。
『悔しい』と思う前に『敗北感』を初めて感じました。
その事があって合理的な考え方をするようになりました。
だって自分が創りたいものが過程はどうあれできてしまう結果が目の前にあるのです。
だったら今以上の点数が描けてしまう。
じゃあ使う。
苦労や苦悩をしたくないわけじゃないんですよ。
フォトショ使っても悩む時は悩みますし。
人は結果しか見えないんですよ大体が。
その友達もワタシの焦がし絵を観て『すぐできるよ』と言ったのですから。
過程や精神が大切だと思い込んでいたワタシを50%変えたキッカケです。
それが良い方向へ進んでいったので良しとはしています。
ですがワタシはアナログの部分も50%あるのでそれは取り込んでいます。
よく写真の加工を作品として頼まれますが、それは創作とは思えない部分もあって。
写真というのはあくまでリアルな過去だと思っています。
草花や空、海などを綺麗に撮るというのは容易い事です。
綺麗なものを撮っているんですから綺麗に撮れるのは当然だと思います。
ただそれを前提に機材にこだわり色々試している方の探求心は素晴らしいと思います。
最近その辺悩みます。
誰でもできる事が機械の進歩ですごく増えました。
ワタシはそれは良いとも思うし嫌でもあります。
しばらくはお仕事以外の作品はアナログで描いていこうと思います。
さっきも描いてたんですが、新たな映像がまだ見えないのでうpしません。
と、まぁ最近はモヤモヤしております。
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