『テニス 出会い百人』 | テニスプロモーション&エバリュエーション

『テニス 出会い百人』

 テニスに触れて45年。その間、テニスを通じて国内外のいろいろな所に出かけ、そこで出会った人達によって今日の私があると最近強く思うようになった。
前々から、「この人はテニスために力を尽くし、是非とも記憶にとどめておかなければ」と思った人達のことについてお話してみよう。
 題して『テニス 出会い百人』


 日本で生まれた私たち一人ひとりには、古くから「親」と名のつく人がたくさんいる。
 「生みの親」。まさしく自分を産み落としてくれた母親である。生まれたばかりの赤子を辻角にいったん捨てて、厄払いをしてくれる「捨て親」。そして、拾う「拾い親」。続いて、お七夜までに子に名前を授けてくれる「名付け親」。農繁期で忙しい親に代わる「育ての親」。昭和の半ば頃まで続いた青年宿の「親」。婚儀により互いに存在する義理の「親」。英悟では、fatehrin lawとかmother in lawと言われる。等々、地域と時代によってそれ以外の多くの親が、一人の一生の間にお世話になるのである。
 私にも許されるならばテニスの「親」がいる。