今日の小名木先生とのLIVE!
面白かったです。
もう1本LIVEしてます!
私が高校生の時、ラップブームとともに
「DISる」という言葉があらわれた。
当然、海外ラップ文化から来た言葉で、
日本語だと「非難する」に近いが、少し違うようにも思う。
「非難する」は「相手のミスや欠点を責めること」
「DISる」は「悪口」
というイメージ。
安倍元首相の件も、某宗教団体の件も、選挙も、芸能ニュースも、
日々、いろんな情報を、目にも耳にもするけれども、
「DIS」が多く、まともな批評も批判も少ない。
知識人や学者やインフルエンサーと呼ばれるような方が
DISを広げている。
日本人同士でDISりあって、
何か生まれるんだろうか。
死者をDISって、
良いことあるのだろうか。
私は宗教には功も罪もあって当たり前と思う方ですが、
その両方を論じる文も番組もみない。
某団体があったおかげで、
この世に生を受けている人たちが数多いる。
献金によって救われる(or救われた気になる)人たちも多くいる。
宗教と政治の関係を論じるなら、
そもそも「団体と政治」は、
どこからどこまでがOKで
どこからどこまでがNGなのか。
「団体と政治」の関係が終わる日は来ないと思う。
オウム以前に比べりゃ
宗教団体の力はかなり失われてて、
これからも失われていく。
そもそも「組織」は「功罪」を生むものと思う。
いかに「罪」を少なくするかが、
人間の修養と努力でしょう。
テレビもネットも新聞もDISばかり。
価値観も思想も意見も多様化していく
世界の中で大事なことは
「お互いの理解」と「対話」で
DISではないと思う。
DISる人たちが
戦争作ってるってことに
気づかないと。
※
葦原の
瑞穂の国は
神ながら
言挙げせぬ国
然れども
言挙げぞ我がする
言幸く
ま幸くませと
つつみなく
柿本人麻呂
意味
「葦原の瑞穂の国は
神々の御心のままに
言挙げなどしない国
しかし、私はあえて言挙げをする
みんな、幸せでありますようにと」
日本は「言挙げせぬ国」じゃないのか?
そして言葉を発する時は
人の幸せを願うべきなんじゃないのか?
※
こんなこと呟いても
世界からDISが消えるわけでも無いけど、
あまりに多いんで。。
※
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