私の学校は、15回授業のあとにテスト週間がやってくる。

8月第1週までは学校があるのだ。

長い。

日差しが暑すぎて死ぬ。

太陽光線が私を殺す気で来ている。



認知的不協和

ってあるじゃん。

やってることと、思ってることが違う時

やった現実・行動は変えることができないから

徐々に思ってることが変わっていってしまう

っていう。


あれさ、

「変わってしまった自分を認知している誰か」がいなければ成立しないのかな。

信念が変わっても結局変わったことに気づかなければ

それは変わってないのと何かが違うんだろうか。


変わりたいと思う気持ちは自殺だよね


って西尾維新が言ってた。


私が多分殺してきた私のことを

私はあまり覚えていなくて

喪失感だけが胸に引っかかって

たまに苦しくなるのだ。