今年もやってきた
今宮戎。
社長と行く予定だったが
急用が発生したこと、
社員からも
希望があったことから
今日行ってきました。
凄い人出でしたよ(^^
その後は仕事。
挨拶回りが終わるまでは
ずっとこんな調子。
一段落つけるには
現場スタッフの
成果の向上が不可欠。
ある社員に
去年から暖めていた
大きな改善案を
煮詰める作業を
指示しました。
その改善案を考えたり
最近の傾向を考えると
ある問題にぶつかる。
『マニュアル人間』と
『改善』。
失敗した後、
僕は必ず対策を
考えるように
言います。
ただ、
この対策について
勘違い
しているのでは?
と思うように
なってきた。
この対策は
失敗した本人の
為ではありません。
失敗した者が
二度と同じ失敗を
繰り返さないことは
最低限の
義務だからです。
であれば、
この対策は誰の為?
それは自分以外の
人の為です。
だから、
自分の価値観、
仕事の進め方への
対策では
意味がありません。
これを勘違いして
自分への対策の
ように感じることを
している人は
今までの傾向を
考えても
だいたいが
マニュアル人間に
なっている。
マニュアルが無いと
知らなかった
失敗した
できません
などなど。
失敗したら
その周辺作業も
見つめ直す。
失敗したら
帰り道でも
落ち着いて
分析をしてみる。
こんな時代なので
管理面が
どの企業にも問われ、
マニュアルの必要性は
否定しません。
ただ、
マニュアルを必要と
しない仕事を
するくらいの
自負やプライドが
必要ではないのか?
それらがあれば
探究心や向上心が
出てくるのではないのか?
マニュアルや対策は
後輩や他人の為。
自分自身は
常に考えて
自分で決める。
そうならなくては
ならないのでは
ないだろうか?
自分で決めようと
思えば、
判断力や思考力が
必要になってくる。
それらが心底
必要な人は
探究心や向上心が
勝手に出てくる。
こういうことを
話している間は
当事者に
上記のようなものが
ないのでは
ないだろうか?
人から言われて
出てくるものでは
ないのでは
ないだろうか?
そんなことを
考えてみました。
やはり、
最後は自分次第。
他人ではないですね。