24歳と3ヶ月
…史上2番目に若い
IWGPヘビー級チャンピオン
が誕生して丸1日が経過しました。
史上最年少の戴冠は、
この選手が23歳の時でした。

「何でお前が獲るんだよ。」
当時、ファンの反応は冷ややかでした。
私は中邑と同世代なので、
「遂に自分と同世代のチャンピオンが現れたか」
と感慨深くも思いましたが、
彼の試合は好きではありませんでした。
相手の天山がようやくとったベルトってのもありましたしね。
中邑のデビューの安田忠夫戦は鮮烈で、
秋山準のデビュー時と近い印象を感じました。
しかし、中邑はその後、
総合格闘技のトレーニングの比重が多く、
プロレスのムーブをしっかり身につける時間が
無かったように思います。
そして、
エルニーニョ使ったり、
無我スタイルになったり、
ボブ・サップに
「一番スゲーのはプロレスなんだよ!」
って吠えたり、
藤田和之との試合後、
猪木に突然ビンタ食らったり、
アメリカ行ってウエイトアップしたり、
打撃を取り入れて、ボマイエしてみたり、
色々スタイルを模索したいたと思います。
ところどころ好きなところもあったのですが、
私はどうも「ノレ」ないでいました。
特にボマイエが好きになれませんでした。
そんな中邑が昨年からようやく
面白くなってきました。
あの髪型・風貌、クネクネした動き、
試合後のコメント、
狂人的な魅力が出てきました。
そんな中邑も、
昨日は内藤に負けてしまいましたね。
ここ7年ぐらいの苦しい新日本を支えてきた
棚橋中邑が揃って負け、次期タイトルマッチは、
彼らよりも若い後輩の二人です。
棚橋中邑は、若くしてメーンを張ってきましたが、
その間、かなり批判もされてきました。
昔のプロレス映像などが流れるたびに、
「昔の新日は殺気があった。
棚橋中邑じゃあ100年経っても追いつけない。」
「あのころのレスラーは色気がある。
棚橋中邑には出せない。」
などと、比較されてきました。
そんな二人がようやく
プロレスラーとして完成され、
ファンの支持も得てきた矢先、
王座陥落、次期挑戦権獲得失敗…。
…実はこの負けって、
二人がプロレスラーとして、
更に上のステージに行ったということでもあると思います。
おそらく、次に中邑や棚橋が満を持して
タイトルマッチに望むときは、
ファンは歓喜することでしょう。
二人ともかなり体に故障箇所があると思うので、
ちょっと静養の時間も必要でしょう。
色々なメディアへの露出してみるのもいいかもしれません。
とりあえず、タナと中邑お疲れさんです。
今日もダラダラ書きました(^^)
最後までお読みいただきありがとうございます。
別冊 新日本プロレス 中邑真... |