私が生まれる5年前に亡くなった方からのメッセージ | 大塚しほのブログ【流々、しほ暦】

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なるべく自然なもので安心して楽しく子育てしたい2児の母。

植物ベースの暮らしで地球も家族も守りたい。

2人の子どもとの暮らしを中心に、思ったことやアレコレ綴っていきます♪

言葉は生きていると思います。

先日、友人の結婚お祝いで私が送った言葉が他の方の心に根付き、別のシーンで伝えられているのを見た時、とても嬉しくなりました。

言葉はつながっていく。生きていく。

それを受け取るかそうでないかはその方次第。
気に入った言葉、想い、考えを自分の引き出しに少しずつ貯めていけば良いと思うのです。

だから私は発信していく。
読んだ1000人の中に1人だけでもその言葉に何かを感じる方がいるかもしれないから。


今日は障害のあるなしに関わらず、大切な事が書いてあると思った記事をシェアします。
むしろ、障害のない…いわゆる健常と言われている私たちの方にこそ必要なことかもしれません。


「当たり前」の反対語は「有難い」


一緒にいられることは当たり前ではないんです。



以下は、昭和35年に生まれて昭和50年に15歳の若さで亡くなった脳性マヒだった山田康文さん、そしてそのお母さんの詩『お母さん、ぼくが生まれてごめんなさい』という一冊からの抜粋です。
最初にお伝えしておくと、決して悲劇ではありません。力強い愛情で繋がっている母子の姿です。

私が生まれる5年前に亡くなったこの方のメッセージは今も様々な人を通して紡がれているのですね。



「ごめんなさいね おかあさん」


ごめんなさいね おかあさん
ごめんなさいね おかあさん

ぼくが生まれて ごめんなさい 
ぼくを背負う かあさんの
細いうなじに ぼくは言う
 
ぼくさえ 生まれてなかったら
かあさんの しらがもなかったろうね
 
大きくなった このぼくを
背負って歩く 悲しさも 
「かたわの子だね」とふりかえる 
つめたい視線に 泣くことも

ぼくさえ 生まれなかったら




※以下、お母様の返詩。


わたしの息子よ ゆるしてね

わたしの息子よ ゆるしてね
 
このかあさんを ゆるしておくれ
 
お前が脳性マヒと知ったとき
ああごめんなさいと 泣きました
いっぱい いっぱい 泣きました
 
いつまでたっても 歩けない
お前を背負って 歩くとき 
肩にくいこむ重さより
「歩きたかろうね」と 母心
 
“重くはない”と聞いている
あなたの心が せつなくて

わたしの息子よ ありがとう

ありがとう 息子よ

あなたのすがたを 見守って
お母さんは 生きていく

悲しいまでの がんばりと
人をいたわる ほほえみの
その笑顔で 生きている

脳性マヒの わが息子
そこに あなたがいるかぎり




心動かされたので紹介させて頂きました。



志穂クローバー