昨日のブログの内容は、かなりややこしくなっていたと振り返ります。

それは、テーマが二つになっていたからです。うまく切り離せなかったというのが、正直な感想。
共同体感覚とは、他者貢献を続けることで他者を仲間だとみなし、そこに〝自分の居場所がある〟と感じられる感覚です。

対人関係のゴールはこの共同体感覚にあるというのです…

もし、対人関係の中で困難にぶつかったときの行動原則は「より大きな共同体の声を聞け」です。私の感覚ですが、仕事のできない人はそこが乏しい。そもそも共同体の範囲が狭すぎて、他はみな敵なのです。例えば、家族のためにお金を稼いでる…かもしれませんが、会社のためになることでも自分が頑張らないといけないならやりたくないとかぼけーひいては、会社が繁栄すれば給料が増え家族も豊かに暮らせるはず。想像力でもないはずです。でも、目の前の努力や今変化することをあれこれと理由をつけて避けます。

そして、もう一つの話が〝キーネーシス(動的)な人生〟と〝エネルゲイア(現実活動態的)な人生です。

前者の例えとして、目的を定めてもう努力をして生きていくような生き方です。じゃあ、それが達成されなければ?その努力の過程は仮初めの人生だったのか?無駄な努力だったのか?そんな考え方の生き方です。

だから、無駄な努力はしたくない。目先の利益を与えてもらえないくらいなら頑張りたくないと感じるのでしょう。

後者は、目的地は存在しないのです。ダンスを踊るように踊っている「いま、ここ」が充実しているという人生。それが連続していて、気づけばこんなところまで来ていたんだ〜なんてそんな生き方です。人生とは点の連続であり、連続する刹那だと。

トップアスリートや著名人がよく、感謝という言葉を使うのは後者だからではないでしょうか。関わる人全てが、自分にとって与えてくれた影響、人1人ではなし得ない結果。もちろん努力をしてはいますが…

それを才能の一言で片付ける人は、人生の嘘と言って努力をしないと決め込む怠慢な人だと私は思うのです。

今こそ、ひとつひとつ丁寧に。毎日を大切に生きるべきときなのでは?そう思うのです。